「薄くなったわね」……看護婦マユミのコノ一言で、高校一年生の女の子の顔が、パ
ーッと輝いた。嬉しそうにニッコリ見せる笑顔に、なんだかマユミの心までが幸せな
気持ちで満たされていく……。
こんな笑顔に出会うと、この仕事をやっていてよかったと、彼女はしみじみ思う。
マユミの勤めている病院は、内科・皮膚科の看板も掲げているが、レーザー治療が
メインになっている。レーザーで美しくする美容整形…というのが、一般的な世間の
見かたかもしれない。元々産婦人科医だったという、医師一人に6人の看護婦がいる
予約制専門の外来病院だ。
ホクロ・シミ・アザなどが主で、ニキビや水ぼうそうあとなどが治療対象だ。それ
らにレーザー光線で当てて、2週間様子を診て、またレーザー光線を当てて、2週間
様子を診る……。この繰り返しで治療するわけだが、シミやアザの大きさや濃さによ
って、治療期間も変わっていく。
マユミは、始めふつうの病院に勤めていた。そんなに頑強でもない彼女にすれば、
患者さんを抱えたり、深夜勤務の仕事など、体力を使う看護婦の仕事に自信がなくて
今のこの仕事を選んだ。
ふつうの看護婦は肉体的な病気の看護。美容整形の仕事は精神的な悩みを助け、心
の看護が仕事。そして、患者さんはお客サマ……彼女は、そう自負している。
はたから見て、”そのぐらいのアザ…”と言うが、本人にすれば、そのぐらいのア
ザが心の重荷となって自殺に走ることだってあるのだ。
それだけにマユミたち看護婦も、患者さんに接したあとのストレスは大きい。
電話で予約する患者さんに、どういう治療をするか、どんな効果があるのか、懇切
丁寧に説明し、来院したらしたで今度は具体的に写真を見せ、再び説明を繰り返す。
この病院では、小さなホクロなら一回のレーザー治療が15000円、2個目から
5000円もかかる。アザやシミは、1センチ四方で3万円で、それ以降は医師との
相談だ。健康保険の利かない自費払いなだけに、聞くほうの患者さんも真剣だ。
しかし、個人差もあるが、だいたい一回レーザー治療をすると、2週間の間にどん
どんと薄くなってくる。
ところが、治療をした次の日に、電話で怒鳴り込んでくる患者さんもいる。
「治らないじゃないのッ! ゼンゼン薄くなってないワ、高い金払ったのに…!」
ーーだから言ったでしょう、2週間待ってネ、様子を見てネって! オバサン、私
の説明を聞いてなかったの? 何度も、何度も、説明したでしょうがッ!
……ということを腹の中で思っていても、電話口に向かって、穏やかな声で優しく
また最初から説明を始めるのだ。
こんな患者さんは、自分に都合いいようにしか考えられない、40代の女性に多い。
患者さんは、女性7割に男性3割で、1歳の女児から90歳のシミやシワを取るおば
あちゃんまで、実にさまざまだ。
しかし、マユミたち看護婦が、特に神経を遣うのは、思春期の女の子。ちょっとし
た医師や看護婦の一言に神経をとんがらせて聞いているので、言葉遣いには、十二分
に注意しなければ、彼女たちのデリケートな神経を傷付けかねない。
顔半分黒かった女性の患者さんが1〜2年通院しているうちに、真っ白な顔に変わ
っていき、来院するたびに表情がだんだん明るくなってくるのを見たり、完璧に治っ
た患者さんの嬉し涙を見ると、マユミも看護婦としの充足感でいっぱいになる。
「人の命は、健康であることが一番大切。でも女性の命は、顔ッ!」
と、キッパリと言い切るマユミ……。
ところで、美容業界筋の話では、美容整形病院の老舗である某病院では、美容整形
した看護婦が多いとか……!? なぜなら、そこの看護婦は、みんな同じような鼻や目
をした、一定基準の美人ばかり。そこの院長が定義する美人がそのタイプかも……!?
現在の美容整形は技術水準が高く、パッと見ただけでははわからない。異様に整い
過ぎた美人をよーく見れば、目を閉じたとき、うっすらしたラインが見えたりする。
不自然な感じの超美人は、美容整形美人ということ……!?
それでも、死ぬほど悩んでいたアザやシミが取れたり、目を二重にして鼻を高くし
て美人になる……プラス思考でいけば、美容整形は、自分の人生が切り開ける!
美容整形病院の看護婦は、患者さんの”心の看護”をするのがお仕事なのだ。
■コンパニオンに限りなく近い看護婦
看護婦の中には。“お客サマ扱いの患者さん”を相手にする看護婦もいる。
たとえば、企業の主催するコミック関係のイベントの場合、会場には何万人という
観客が集まるが、看護婦は3人だけ、というのも珍しくない。
会場に来ている看護婦は、イベント開始の○時から終了する○時まで、という最初
から時間が決められた、看護婦資格を持つフリーアルバイターたちだ。
イベント内容を把握している看護婦としては、救護テントでいつでもスタンバイ!
まず始まる頃は、ダンボール箱を開けたカッターナイフで切ったり、本を運ぶキャ
リーにひかれたり…と、ケガの患者さんが多い。
イベントが盛り上がる中盤以降になると、観客の多さで気分が悪くなった、脳貧血
を起こした患者さんなどが、看護婦たちのいる救護テントにやってくる。
看護婦は、構成されたイベントの流れを見て、冷たいタオルや、レモンの入った水
などを用意して待機する。
これは、看護婦というよりも、ちょっとしたお母さん気分だ。
興味ある好きなものや、知らない珍しいイベントを選ぶのも、フリーの看護婦とし
ては、それなりに裏側の世界が覗けて美味しい部分もある。
フリーの身としては、主催者側や会場に来る観客など、これ皆お客様。
病院の中だと、いつも忙しい看護婦は、病気で気の弱った患者さんに、無意識にガ
サツな対応をするときもある。
しかし、イベント会場の患者さんは主催者側や観客が相手で、看護婦にとって、こ
れ皆お客サマなのだ。
病院内の先輩後輩とまた違った”一般社会の常識的な礼儀”が必要になってくる。
もっと意識的に、お客サマ扱いをするのは、人間ドッに来る患者さんだ。
定期検診に来るサラリーマンたちは、患者さんという名前のお客サマなのだ。たと
え、会社側が払うにせよ、自費払いは自費払い……。
人間ドッグの看護婦は、接客業の気分で、患者さんと応対することになる。
しかし、一日中、オジサン相手に看護婦するのも、結構疲れることが多い。その代
わり、ここの看護婦たちは、オジサンたちの生態をバッチリ観察できる。
検診の手順は決まっている。看護婦は、スケジュールどおりに患者さんを行動させ
ようと思ったら、ちょっとした労力がいる。
次の検診に引率しようと思えば、オジサンはちょっと煙草を一服。
ーーアトがつかえてンのよォ。向こうじゃ先生が待ってンのよォ〜……。
午後の検査で血糖値の高いオジサン、昼食は豚カツとマンジュウ食べた!?
ーー検査に来てンでしょう。普段の正確な血糖値は、いったいいくつなのヨ!
胃透視しようと思って、ロビーにいるはずの患者さんが、どこを探してもいない。
ーーアラ、○○さんは? 何ィーッ、食事にいったァ!? どーすンのよ、これから
バリウム飲む予定なのに……。オジサン、人間ドッグに入る前の説明書を読んでこな
かったの?
……というふうに、看護婦たちは、常にオジサンたちに踊らされている。
ところで、人間ドッグ専門の診療所は、美人の看護婦を揃えているところが多い。
で、検査の合間にそんな美人の看護婦をクドいたりするオジサンもいる。
人間ドッグは、会社命令……。オジサンはお仕事のほうが大好きだ。だから、渋々
人間ドッグに来たオジサンにとって、自分の健康はどーでもいいようだ。
人間ドッグ担当の看護婦にとって、毎日、そんな患者さんばかりを相手にしている
と、これはもー、ちょっとした幼稚園の先生……!?
病院模様(看護婦を取り巻く人々)
“看護”という現実に悩む看護婦たち
前にも書いたが、病院の中はハッキリ言って縦社会。大学病院は病気を研究すると
ころで、一般病院のようにただ治療するわけじゃない。大学病院は、歴然とした縦糸
の秩序の中で、ひとつの臨床講座を持つ医局がいくつもあって、その医局の教授を中
心に助教授や講師など、何人もの研究医師がひしめき合っている。縦社会の上からの
命令は、自分が教授にでもならない限りずっと続く。
もちろん、大病院にしても院長を中心にした縦社会だ。
そんな医師の縦社会とは別の、看護婦たちには看護婦たちだけの縦社会がある。
看護婦は、総婦長・各病棟の婦長・主任・中堅看護婦・新米看護婦・看護学生…そ
して、資格を必要としない看護助士。病院職員では無いけれど厚生省のお達しで、
’95年(平成7年)年度末に全廃予定の付き添いさん。
そのほか病院の中には、検査技師、レントゲン技師、薬剤師、医療事務の人々がい
るし、病院に出入りする業者もいる。たとえば、医師や事務長にいつもにこにこアタ
ツクするのは、新薬をまとめて卸したい薬品会社の営業マン・プロパー。そして、
なんとか注文(!?)が欲しい葬儀屋さん。
で、病院では肝心な主役のはずの“患者さん”だが……。
看護婦は、心にゆとりを持ち患者さんのお世話をしたいと、常に思っている。しか
し、現実の忙しい医療現場で働く看護婦たちには、とても不可能なことだ。
ところで看護婦の仕事には専門的な知識と技術を必要とする“診療の補助”
と、“療養上の世話”がある。“診療の補助”とは、早い話が、医師の指示で患者さんに
注射を打ったり、治療する医師のそばにいて治療の補助をすることだ。
で、看護婦が、看護婦になったら一番にやりたかった、“療養上の世話”は、現実にほ
とんどできない。
患者さんのそばにいる時間より、診療補助の雑用で駆け回っていることが多い。
ゆったりした雰囲気の中で、患者さんの食事やトイレの介助をやったり、ベッドの
そばで患者さんのお話をじっくり聞く、ということなんか、看護婦には夢のまた夢。
結局、スキンシップな看護は、看護助手の仕事となる。もし、看護婦がそれをやると、
「このクソ忙しいときに、あなたは何をやってンのよッ!」
と、その看護婦は、先輩や婦長に怒られるのが関の山だ。
現実の看護婦たちは、人手不足・不規則な重労働のわりには安い賃金、そして何よ
りも、“看護するって、何?”という疑問を抱えたまま、今日も働いているーーー。