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第2章 嗚呼!それでもあなたはお医者サマ

……浮気? 本気? ビヨーキ?
医師と看護婦との友好関係とは!? (看護婦にとってイイ医師とは……)

■医師もフツーの男!? …山下智子(仮名)28歳の場合

「な、いいじゃないか。山下クン。なぁ?」
杉原医師は、すでに酔眼モーロー、目が座っている。
「先生、私、車で来てるンです。また今度…ネ」
「ダメだ。酔ってるから事故でも起こしたら危ない!」
「じゃあ、タクシーで帰りますから」
「それもダメだ!」
ーーちょっとォ〜、何ィ〜よォ、この酔っぱらいッ!
「あのね、先生。実はうちの親が車で迎えに来てンです。駐車場で待ってるンです」
……と言ってみたところで、今のコノ男にゃ聞こえていないだろーな……。
「ほら、ボクのホテルはあそこだ。ちょっとだけだよ、ちょっとだけ!」
ーーそのチョットが困るンだよねえ、杉原センセー。
杉原医師は、普通の男性よりも小柄で、ヒョロヒョロした痩せっぽっちの男だ。し
かし、酔っているときのバカ力で、私の腕を思いっきり掴んだまま、ズルズルとホテ
ルまで連れ込もうとする。
「わかった、わかったから手を離して、痛いよ」
私は観念したかのように、杉原医師に言った。
ーーいざとなりゃあ、こんな男、突き倒して逃げりゃいいンだから……。

杉原医師は、私の勤務する信越地方の県立病院の、外科医のピンチヒッターだ。
昔、彼は研修医として県立病院にいたが、今回、外科の医師が学会で病院を留守に
するために、その間の2〜3日、外科手術の助っ人でやって来たのだ。しかし、それ
も終わり、今日は月一回の外科病棟の飲み会も兼ね、杉原医師の送別会が行われた。
医療現場での杉原医師は、腕も良く患者への態度も好感が持てて、私から見てイイ
医師だと思っていた。
ところが、酒が入ったらこの体たらく、2次会をパスして一人で帰る私を追っかけ
てきて、しつっこく自分の宿泊しているホテルに連れ込もうとする。
ネクタイもヨレヨレなら、真っ白だったワイシャツもどこで転んだかドロで汚れ、
シワシワになっている。36歳にしてはすでにハゲの徴候が見え、その薄い髪が乱れた
ままの酔ったオジサン姿は、とてもこの医師の子供には見せられない格好だ。
ーーあ〜あ…このセンセー、私の好みじゃないないわネ。私、絶対にベッドに入ら
ないぞぉーッ!
杉原医師は、送ったホテルの部屋に入った瞬間、案の定オオカミに変身して、私に
ガバッと飛びかかってきた。
バシッ! ……私は間髪おかず、杉原医師の顔を殴った。
ーーやっぱり…ね。センセーったらッ!
私に殴られた杉原医師は、そのままベッドの上に倒れ込んだ。彼は、倒れたまま、
「ほんとに帰るンだな、ほんとにそれでいいンだな〜ッ?」
と、ロレツの回らぬまま、私に脅迫めいたセリフを投げつける。
が、私はそのまま無視、あとも見ないで部屋を飛び出した。
ーーなぁーに言ってンだかッ! 医者がナンボのもんじゃいッ!

次の朝、一緒に飲み会に同席した同じ外科医が、診察室でどこかに電話している様
子だった。
「なに、真面目に帰ったぁ〜? ホントかよぉー」
どうもその電話の相手は、杉原医師のようだ。
電話が終わり、私はその医師に聞く。
「先生、今、杉原先生に電話してたンでしょう?」
「いや〜、夕べの飲み会でふたりして帰ったからね、当然、キミと彼がベッドインし
ただろうし、その結果報告を伺おぅかと思って、サ」
「先生、私達、何もありませんでしたよ。失礼ネ!」
「エ〜ッ、やっぱりィ〜そうなの? 杉原クンの言ったことホントだったンだァ…」
医師は、本当にガッカリしていた。
この医師は、飲み会帰りの男と女が何もなく別れるなんて、不自然でおかしいと思
い込んでいるフシがある。
ーーもう〜…こいつら医者は何を考えてンだか。その後どうなった? …なーんて
電話でわざわざ確認なんてするかぁ〜、フツー…。まったくスケベな下心ミエミエ!

医師は、全般的にハッキリ言って、女遊びが大好きだ。
自分で実行するのも大好きならば、他人の女遊びの結果報告を聞くのも大好き。
今回の杉原医師の一件にしても、杉原医師は看護婦と美味しいコトしたんだから、
オレには聞く権利がある。なぜなら、オレは、その飲み会のあと、何も美味しいコト
なんかなかったンだから……。
そんな理屈が平然と成り立つのが、医師同士なのかもしれない。
うちの病院は、外科医の場合、大学病院から一年クールで医師が入れ替わる。
そのせいかどうかわからないが、そんな期間限定付きの医師は、大学病院に戻る間
だけ、ちょっと遊んでいこうかな…というスケベ根性の医師が結構多い。
昼間の杉原医師は、植物的な安全パイの男にしか見えなかった。
彼だけは立派な医師…と思っていただけに、私には昨夜の一件がかなりショック!
しかし、医師の中には、来るもの拒まず去るものは追わず…と公言してはばからぬ
男もいるぐらいだから、ま、しょーがない、か……!
医師は、たとえ象牙の塔に入っている医師でも、白衣を脱げばタダの男なのです。

■会社員から医師へ転職した男

医師の仕事は、ある面でツライこともあるが無料奉仕ではない。ゆえに聖職だとは
思っていない、と言い切る医師がいる。
診療分としての料金は、診断名・薬を飲む理由・副作用などの提供サービスで、患
者さんからもらっているわけで、どんなに医師としてカッコつけてみたところで、経
済活動にしか過ぎない。彼は、それが医師という職業だと言う。
現在、このM医師は、瀬戸内方面のY市で診療所を開いている。
彼の場合、医師になる過程が変わっていた。
大学卒業後、一流企業に入社したものの、仕事自体は面白かったが、朝夕歌わされ
る社歌に閉口していたし、関東という土地柄にもなじめなかった。彼は、一年ぶりに
休暇を取って帰郷する新幹線の中、医師になった高校時代の先輩に出会ったことが、
人生の方向転換となった。
先輩の話しを聞いた彼は、休暇明けに会社に退職届を提出し、周囲の猛反対を押し
切った後、カンナンシンクの末、とうとう生まれ故郷で診療所を開いた。
5年たった現在、彼は、近在の人々に親しまれる医師として、立派にやっている。
「死に接する機会が多いので、人間が皆可愛く見えますね」
苦労人M医師は、患者さんの悩みもよく聞きくし、看護婦一人ひとりに平等だ。彼
は医師である前に、それぞれの人々に、対人間として対等だ。
M医師の存在そのものが珍しく、人間性ある医師としてはマレなのかもしれない。

■さわらぬ神に祟りなし? プライドだけの権化

医師は、とてもプライドの高い人が多い。
そして、地方へいくほど医師の立場が強く、プライドは高くなる。昔から地方では
坊主・教師・医師と、土地の名士として崇められてきた(スケベ人種としても名高い
が…)。それは今でも根強く残っている。
地方へいくほど、土地の老人たちは、医師のことを”先生サマ”扱いだし、時には
看護婦ですら老人たちと同じように”先生サマ”扱いにする傾向がある。
20代の若い医師には、だいぶん特権階級意識がなくなりつつあるが、年代が上がる
つれて、地方の田舎にいくほど、未だ医師の特権階級意識は根強い。
ところで、その土地に密着した”赤ヒゲ”的な医師もいる。
昔から開業していて、患者さんも親子2代3代と続いている。とはいえ、現実は、
医師も老人なら患者さんも老人だけという小さな病院だ。老人医師の診察ぶりは大ら
かというか、イイカゲン……!?

そんな病院の医師は、患者さんの生活すべてを、ほとんど把握している。そのせい
か、医師は診察にきた患者さんを、あまりキチンと診ようとはしない。
「センセー、風邪ひいたよ。注射一本打って、飲み薬でも出してくれ」
とか言って、患者さんのほうも気軽に病院に訪れる。
「先生、いつもの薬ナ。ついでにバァーサンの分も出しといてくれ」
患者さんも気安く頼めば、医師も慣れたもので、診察どころか患者さんの顔もロク
に見ないで薬を出す。どうかすると、新しい看護婦がその病院に来たら、
「あんた、ワシの顔と、ワシのいつもの注射と薬、はよう覚えなきゃダメだよ」
と、診療状況に慣れない看護婦に、シタリ顔の患者さんが言ったりする。
これはちょっとした、飲み屋のボトルキープの感覚だ。

当然、そんな病院の待合室は、土地の老人の患者さんだけで満員御礼の賑やかさ。
診察に来る時間も、それぞれ患者さんの間で暗黙の約束があるらしく、8時台は誰々
が来て、9時台には誰々が来る、というふうに決まっている。
「○○のバァーサン、今日は遅いねえ」
「ああ、○○のバァーサンなら風邪ひいて、今日は来れないって」
「じゃあ、帰りに見舞いでも行くか」
てなコトで、患者さん同士の結束も堅い。だから、何も知らない新しい患者さんが
入ってきた日にゃあ、待合室の全員の患者さんから、その人は、迷惑そうな白い目で
見られるハメになる。
ま、この場合、医師のプライドというよりも、常連患者さんのプライドなのカモ!?
しかし、プライドが高い医師がいることは、コレ確かである。

バカッ! …と、何かあると平気で看護婦に、言葉の暴力をふるう医師がいる。こ
んな医師に限って、医療スタッフである看護婦たちはもちろんのこと、患者さんに対
しても態度が悪い。
信越地方の県立病院には、そんなプライドだけのSという内科医師がいる。
一緒に働く看護婦としては、彼が頭がよくて技術的にもよければ、まだ許せる。
が、この35歳になるS医師は、何をさせてもヘタだ。看護婦は全員”バカ!”と、
思っているところがある。
人間がデキテイル看護婦たちは、それでも医師のプライドを傷付けまい、怒らせま
いと、日頃から下手に出ていた。
看護婦たちが彼に関して心配していたのは、患者さんの希望することを、S医師が
聞いてくれないことだった。
ちなみに、看護婦にとってのイイ医師とは、患者さんの悩みを聞いてくれたり、看
護婦に医療上の問題が生じて急ぎの電話をしても、的確な指示を与えつつ駆けつけて
くれる医師だ。そんな医師は、看護婦とよく話し合うし、意向もよく聞いてくれる。
S医師は、自分の考えだけが一番正しいと思い込んでいるばかりか、依怙地なとこ
ろがあった。当然、患者さんの希望を看護婦をとおして言っても、聞く耳ゼロ。

それは、夕方5時半頃のことだった。
「先生のお話を伺いたいのですが…」
内科病棟に入院中の患者さんは、看護婦に言った。
その患者さんは、自分が今どんな症状なのか、今後どうなるのか知りたかった。そ
れは、患者さんが自分の病気に関して”知る権利”があり、当然のことだ。
S医師の回診のときに聞いても、忙しそうでなかなか答えてもらえず、シビレを切
らした患者さんは、看護婦に頼んだのだ。
看護婦は、患者さんの意向を、S医師に恐る恐る伝えた。
「なんだとぉー、もう時間外じゃないかッ!」
確かに、5時半から10分近く過ぎていて、勤務時間外だった。
S医師は、看護婦からその事を聞くと、ダダーッと2階へ駆け上がった。ナースス
テーションの扉をいきなりバーンッと乱暴に開けたかと思うと、テーブル回りの椅子
を2〜3脚バンバンと足でけり倒しながら、
「てめぇーら、バッキャローッ!」
と、大声で怒鳴った。
ナースステーションの看護婦たちは、一瞬何が起こったのかもわからず、S医師が
その場を立ち去るまで茫然としていた。
ナースステーションの両隣には、入院患者さんたちがいる。その時、2階の病棟全
体がシーン静まり返ってしまった。
怒るだけ怒ったS医師は、結局、患者さんに会うこともなく帰って行った。
S医師は、時間外だというのに、患者のクセに彼が診断した内容を知りたがり、看
護婦ふぜいが教えてくれと伝えに来た……というすべてのことが、自分という医師に
対して失礼だ(!?)と怒ったのだ。

このほか、S医師には、患者さんが退院したがっていても、検査データーが出てな
いからダメ、データー結果がよくても2〜3日はダメ…ということがある。
看護婦たちからしてみれば、その患者さんの症状やデーターを見ても、何も問題が
ないように思えた。だが、S医師はダメ押しをする。入院を続ける根拠がドコにある
のかわからない……。
看護婦たちには、患者さんから言い出した退院に、医師としてのプライドがいたく
傷付き、そのために、S医師がただ依怙地になっているとしか考えられなかった。
S医師は、このほかにもいろいろなことがあり、内科の歩くトラブルメーカーとな
って、今日も外来で患者さんを診ているーー。
これは特殊な例の医師だ…と思うかもしれないが、結構こんな考えの医師はいる。
そして、よく見かけるのが、気分で患者さんや看護婦を怒る医師。看護婦を単なる
召使や、どうかすると女房扱いする医師。
そんな医師は、棚にあるカルテを、自分がちょっと手を伸ばせば届く距離なのに、
ほかの用事をやっている看護婦をわざわざ呼ぶ。そのあとも、カルテ類は出したらそ
のまま、散らかすだけ散らかし、後片付けは看護婦がやるものと決め込んでいる。

大学病院の医師は、患者さんの注射を医師自身が打つ。それはそれでいいのだが、
なかには注射のヘタな医師もいる。しかし、そういう医師に限って、自分は注射がウ
マイと思い込んでいるので始末におえない。
ヘタなために何回やっても腕に刺せず、ついに首部分にグサグサッという、患者さ
んにとっては悲惨な状況に陥ることもある。または、何度かトライした結果、「飲み
薬にしましょう」とか、「座薬にしときましょう」とかいうコトになる。
患者さんの痛みを思うと、医者と代わってあげたい注射上手な看護婦としては、
ーーおおぅい、患者さんは痛いンだぞォ。注射を打つ自信がないのなら、早く薬に
切り替えてあげろよなぁー。ガマンする患者さんの立場はどーなるンだー!?
と、不器用な医師を呪い、患者さんにいたく同情をしてしまうのだ。
慣れないということに、医師には医師としてのプライドもあるだろう。ベテランの
看護婦ともなるとそのへんは、医師をあやしながら上手にリードする。
たとえば導尿する場合、慣れない医者も大変だが、それが女の患者さんだったら、
患者さんのほうはもっと大変! 研修医などは、どこの穴に管を入れオシッコを取る
のかわからない。
「あれ…おかしいな…あれ…?」
ーー先生、ソコじゃないってば、ソコッ! あー、ソコは女性の膣……。
始め見守るだけの看護婦も、オタオタする研修医に、しだいとイライラしてくる。
「あれ? 入らない。失敗しちゃったヨ…あれ〜……?」
センセイハ、ショウガナイナー…と、ベテラン看護婦は、患者さんにわからないよ
う、黙って尿管の入る位置を指差し、「そーっと入れて、そのままそのまま、ハイ、
OKね」などと言う。
この間のやりとりを聞き、ベッドでマナイタの鯉の状態の患者は、気の毒である。

■ヤブ医者と医療裁判

看護婦は、医師の仕事ぶりを見て、コイツはヤブだと思う瞬間がある。
深夜、救急車で急患が運ばれてきた。その夜の当直医は、たまたま30歳の形成(顔
の骨折など)・整形(顔以外の骨折など)の外科医だった。
その医師は、急患の患者さんがお腹が痛いと訴えたら、「腸閉塞かもしれない」な
どと言って、すぐ診断を下した。まだ検査も何もしていないのだ……。
またある時、その医師は、レントゲンの写真を眺め不審な影を見つけ、「ああー、
コレは結核だね」などと、患者さんの前で平気で言う。その場にいた看護婦は、その
医師が専門外のくせして、ただ患者さんの不安を煽るだけの診断に、
ーーコイツ、本当にヤブだわねえ……。
と、その医師の顔を眺めな、つくづく思った。
こんな医師は、バイトの当直医などの中に、たまーにいる。

やはり急患で運ばれ、腹痛を訴える患者さんに、痛み止めの注射だけ打って帰した
ことがある。
2時間後、いっこうに治らない痛みで再度やって来た患者さんに、そのバイトの当
直医は、痛み止めの飲み薬だけを渡して帰してしまった。
後日、その患者さんから、病院は訴えられた。
その腹痛の急患は、盲腸で腹膜炎を起こしかけていたのだ。痛みの激しさにガマン
できず、ほかの救急病院へ駆け込んで、そこで初めて腹痛の原因がわかった。
専門の医師が診ないと、ただの腹痛とはいえ、結構深いモンがあり、後々大変なこ
とになる。
この場合、病院を恨みこそしても、だいたいは患者さんの泣き寝入りになるケース
が多い。しかし、この時の患者さんというのは、ヤクザがらみの男だったため、裁判
ざたとなってしまった。結局、バイトの当直医と院長は、法廷に立った。
結局、病院側はその患者さんと和解して、莫大な慰謝料を払うことで決着した。
しかし、医療裁判を起こす医師というのは、多かれ少なかれ、どこの病院にもいる
ものだ。ただ、産婦人科というのは、なぜか多いーー。
たとえば、子宮筋しゅの手術で、亡くなった患者さんがいた。
子宮筋しゅの手術には、開腹手術と、お腹を開かないまま下から取るという、2種
類の手術がある。
しかし、下からの手術は、目に見えないこともあって、熟練の医師がやっても、特
に難しい手術だ。
この時の子宮筋しゅの場合は、新人の医師に、下からの手術をやらせた。ところが
出血のあったことに気付かぬまま、この手術を終えてしまった。
その後、ベテラン医師によって、3回ものの開腹手術を行い、なんとか治したもの
の、結果的には、D・I・C(あっちこっちの臓器から出血する状態)を起こした。
こんな場合、臓器がザルの状態になっていて、いくら輸血しても追い付かないのだ。
その結果、この患者さんは、お気の毒にも亡くなってしまった……。
たとえば、妊娠中毒症の患者さんに誘発剤を使うと、血圧が上がり脳出血を起こす
……そのために、片マヒになった患者さんがいた。
この2件は、いずれも医療裁判にかかっているーー。

■ヘンな医師

医師は、自ら入院する機会が少ない。したがって、患者さんの”痛み”や、”病む
ということ”について、鈍感なところがある。
ところが、これ自ら入院したり、家族が手術などやって初めて、医者に対する患者
の気持ちや立場がわかったりする。ま、なかには何も感じない医師や、感じても医療
現場の忙しさで、すぐに忘れてしまう医師もいるが……。
都内の某有名私立大学病院に勤務する、研修医塚本は、自ら、自分の病院に腹痛で
入院した。

26歳になる塚本研修医は、ふだんから看護婦たちにボソボソと話すため、結構内気
な男に思われていた。一見してオタク的雰囲気の彼は、若い看護婦たちに「メガネは
やめて、コンタクトにしたら」と言うと、2〜3日後にコンタクトに変えてきたり、
「センセーは今のヘアスタイルより、こっちのほーが似合うと思うワ」と言われて、
翌日には真ん中から分けたトッチャン坊やふうにしてきたするところがあった。
看護婦たちの多少のからかいがあるにせよ、彼の素直なところは、看護婦たちから
もそれなりに愛されていた。
看護婦たちは、そんな塚本研修医に対して、一緒に働く仲間ということもあって、
ほかの患者さんよりもチョッピリひいきめに面倒を見てきた。
彼は、一週間で無事退院した。ただ、その後が問題だったーー。
この塚本研修医は、退院するときに気軽な調子で「ハイ」とか言って、数枚のメモ
を看護婦たちに渡した。
なんと、そのメモには看護婦一人ひとりについて書いてあったのだ。
たとえば、○○さんは、胸を見ると母性本能をくすぐる…とか、○○さんはミスな
んとかに似てますね…とか、○○さんは妹にしたいけど、性格のほうはどうかなぁ…
などという、同じ職場のスタッフ全員の寸評だった。
「アイツ、なぁーに考えてンのよぉーッ!」
当然のことながら、看護婦の間では、塚本研修医に対する怒りと非難が集中した。
しかし、塚本研修医は、なぜ看護婦たちが怒っているのか理解できないまま、抗議
を前にキョトンとするばかり……。こんな調子では、彼が一人前の医師になっても、
患者さんの立場を理解するなんてこと、とても不可能だ。以来、彼は、同じ職場の看
護婦たちからシカトされている。が、その自分の立場すら本人にはわかっていない。
ところで、塚本研修医の病名だが、散々検査した結果、それは”便秘”……!
研修医とはいえ、仮にも医師本人の自己申告で腹痛というからには、大学病院側と
しては、それはそれは懇切丁寧な検査もするであろう。
で、検査結果が”便秘”……!?
彼の医師としての将来が…というより、彼に診てもらう患者さんが心配である。


医師の本質はオペ室でわかる?
(患者さんに見せない医師の顔


■オペ室の医師大学病院では、何時間にも及ぶ大手術ともなると、メインの執刀医のほかに、麻酔
医と、介助役として第1・第2・第3の助手の医師がつく。
第1助手の医師がまず初めに執刀し、前断ちといって患部の組織を切り取る。第2
助手が糸をかけ、第3助手が患部の開いた部分を器械で持つ。
看護婦は、器械出しで執刀する医師に直接サポートしたり、患者さんの状態を知る
多数のモニターを見たり、器械が不足していないか大丈夫かなど、次に何が必要なの
か間接介助の外回りをする。

大学病病院の場合、当然のことながら手術する各専門医学の教授・助教授クラスの
医師から、医局医師。手術中をモニターテレビで遠目に見学させていただく一年目の
研修医まで、キッチリと縦社会になっている。
オペ室では長い時間にわたり、集中力と緊張感が強いられる。神経を集中している
ところに、途中で患部からの出血があったりすると、医師自身にユトリがなくなり、
執刀医師のふだんわからなかった本性が見えてくる。
執刀した自分の責任とする医師もいれば、逆上して介助医師のせいにしたり、看護
婦のせいにしたりする執刀医もいる。しかし、ハッと我に返って自分を取り戻し冷静
に戻る医師もいれば、なかなか戻らない医師もいる。
メイン執刀医と介助として入る医師との相性もあるし、手術によって医師は、それ
ぞれ得意とする手術や、そうでない手術がある。
看護婦のほうは、そのへんの医師との呼吸を図りながら器械出しをするので、神経
の遣い方も並大抵ではすまない。
だから、一週間の手術スケジュールを組む婦長は、大変である。

執刀医師によっては、たとえどんなにベテランの介護士であっても、器械出しする
のが男だとイヤだ、絶対に女がイイと主張する医師もいる。また、たとえ第3助手で
あっても、女医はイヤだという医師もいる。
それは、執刀医と器械出しする看護婦の相性でも言えることだ。
ふだんから一緒に飲みに行ったりスキー旅行に行ったりして、遊びの相性はよくて
も、その医師と看護婦が、手術のときに必ずしも意気が合うとは限らない。仕事と遊
びは別なのである。
手術中に、BGMに音楽を流したり、医師同士が今夜どこに飲みに行こうか…など
と喋っていて、不謹慎だという話がある。
しかし、すべてそうだとは一概に言えない。その手術によっては、初めての執刀で
緊張し過ぎの医師もいるし、長時間で神経が持たないときもある。
そのため、先輩医師は、その医師たちをリラックスさせるために喋ることもある。
いずれにせよオペ室という密室は、医師も看護婦も、長時間というもの神経を集中
させるために、それぞれの人間性思いがけず出てしまう異常な空間だ。

■美味しいトコだけ教授

医学部の教授は、いろんな会議やなんやらで何かと忙しい。
そんな超多忙な教授の執刀する手術となると、オペ室の空気はふだん以上にピーン
と緊張が走る。
ま、そうは言っても、教授は、手術中一番美味しいトコにだけしか登場しない。
つまり、教授がオペ室にいる時間は、せいぜい手術にかかる全体時間の 時間ぐら
いなものだ。
一番下の研修医2年目の医師は、最初に患者さんを連れて来て、麻酔医が処置をほ
どこしたあと、患者さんの消毒をする。
その次に偉い医師が一緒にお腹を開いてきれいにして、どういうふうに手術するか
オリエンテーション(方向付け)する。
もちろんその間、手術台の患者さんは、患部のみ穴の開いた布をかけられ眠ってい
る。お腹は開いた状態で、ライトに照らされた臓器だけがこうこうと輝いている。
社長出勤ではないが、遅れて来た教授が、やっとオペ室へご登場となられる。

教授は、お腹を開いた患部の悪いトコだけチョイチョイと執刀して、そのままオペ
室からご退場されるのだ。この間、ほんのわずかな時間である。
そのあとが、残された医師には大変なのだ。出血がないかどうか、ドレイン(身体
から膿などを出す管)を入れたり、洗ったり……。
手術が終わると一番下の研修医がICU(集中治療室)などで一晩中、患者さんの
手術経過を徹夜で診ることになる。
長時間の手術の場合、看護婦だけは食事交替ができる。しかし、教授がオペ室にい
る限り、看護婦は食事時間になっても交替ができない。
しかし、患者さんからしてみれば、教授自らの執刀した手術患者には、周囲の医師
も看護婦もトテモ気を遣ってくれる。また、病棟でもほかの患者さんに対しても、名
誉な患者さんとして威張れる……カモ!?
学会発表で、教授の下の医師は、不眠不休で教授の手となり足となる。レポートを
作成し、発表のときに使うスライドを作るのだ。学会会場でいざ発表となると、そこ
で初めて教授が登場して発表…ということになる。
もちろん、発表したものはすべて教授の功績となる。


臭い・汚い・金ない!? 医者になるまでの3K研修医

士農工商・犬・猫・研修医……というほど、一人前の医師を目指す研修医は、厳し
くツライ環境がとりまいている。
ふつうより2年も長く大学の医学部で学び、国家試験になんとか合格しても、医師
は医師でもヒヨコにもならない医師のタマゴ。
今度は大学病院の医療現場で、医師の見習いとして2年間も研修することになる。
もちろん、その2年間は無給だ。
では、研修医の仕事内容は…? というと、実地で覚える診療に研究室の雑用など
があるが、ま、早い話が、医療現場の小間使い…ってトコでしょうか?
教授・助教授・講師にただの医局医師、婦長に主任に看護婦…グーンと下がって、
チョッピリ気持ちがくつろげるのは、同じ年度に看護学校からデビューした新米看護
婦のみ…ということになる。
それでも新米看護婦は、一つの科に配属されるが、研修医は最初一年間1〜3ヵ月
ごとに、あっちの科こっちの科と回される。学校で知識は詰め込んできていても、始
めのうちは注射一本も打てない研修医。実際の医療現場では、あれやこれやと泣かさ
れることが多い。
そんなとき、やっぱり一緒に泣けるのは、慣れない医療現場で2年間共に一生懸命
戦う、同じ研修医と新米看護婦たち。研修医や新米看護婦が、それぞれ一人前の医師
やベテラン看護婦になっても、そのとき培った同期の桜的友情は、たとえ何年たって
も消えることはない。

ところで、大学病院の研修医は、臭い・汚い・金ない…の3Kと言われる。
オペ室では一番こき使われて、手術着のまま患者さんと共にICUに入り、術後を
徹夜で診て、翌朝そのまま自分の病棟に戻り、外来の患者さんを診る。
研修医は、そんな日々が一週間10日と続くことはザラだ。当然のことながら風呂に
も入れないし、一週間ぶりに風呂に入る研修医も珍しくない……。
少しでも仮眠をとろうとしても、医局では当直医が寝ているし、だいたい研修医の
眠る場所すら元々ない。
万年睡眠不足でモーローとしたままの研修医としてみれば、眠る場所ならドコでも
いい。そこらへんの床に新聞紙かぶって寝る研修医から、積み上げてあるストレッチ
ャー(患者さんを移送するために足の部分に車が付いている簡易ベッド)置場の一番
上の狭い空間で寝る研修医もいる。
しかし、いくら疲れていて眠たいからといって、ストレッチャーの上で目が覚めた
ら、すぐ目の前が天井とは、さぞやその研修医も驚いたことだろう……。
それでもやっぱり病院中の使いっぱしり的存在の研修医、いつでもどこでもアッと
いう間に眠る得意技は、一人前の医師になるという、若い情熱ゆえ……!?
これだけ苦労してる研修医だが、医師がダブついていると言われるこの世の中、今
となっては一人前の医師になったとしても、将来性があまりないカモ……。
ところで、ほかの一般病院ならともかく、大学病院の看護婦たちの間では、大学病
院の研修医が大学病院勤めの看護婦を奥さんにしたら、2年もしたら一家破産と言わ
れている。ま、それぐらい研修医は食えない、生活できないということでしょうか。
研修期間中、看護婦たちから”センセー”と呼ばれてはいたものの、実質は医療現
場の単なる使い走り……。しかし、2年間の研修期間が過ぎれば、今度は看護婦たち
の”先生”と呼ぶニュアンスも、見る目も微妙に違ってくる。
そして、医局の紹介で大学病院系列の総合病院などへ、晴れてバイトに行ける…と
いうものだ。週2〜3回のバイトでも、最低生活費は稼げるようになる。だが、医師
のヒヨコになっても、まだまだ忙しさの量は変わらない。
研修期間をすぎても、一人前になるには、まだまだ道は遠いのだ!


それでもモテモテお医者サマ
(ナンパ・フリンは当たり前ってホント?)


■セクハラ三昧のカン違い野郎

医師は、看護婦同様に白衣を着ると別人…3割かたアップして男前になる。
背広姿はフツーのオッサンでも、白衣を着るとなぜかキリッとした先生……。パー
ティーの席上、若い独身女性相手に「職業は医者で、ボク、まだ独身です」と言うだ
けで、タダの若者だったはずが、急に輝いて見えたりするから不思議だ。
”独身医師”という言葉と”白衣姿”には、若い女性の心を動かすマジカルパワーが
あるのかもしれない。もしかして、ナンパが得意だという医師は、そのことを十二分
に理解しているからこそ、上手に女性たちと遊べる……!?
医師といえば女性は誰でもついてきて、無条件にモテると思ったら大間違いだ。
ま…たまーに、そんな勘違いをする医師も、いることはいるが……。
たとえば、こんな場合ーー。

女性同士で二人して、酒場の雰囲気を楽しんでいるところへ、彼女たちの会話に半
ば強引に割り込んでくる男がいた。
自分が内科医であることをアピールした後、この40歳になる男は、ニコニコと空に
なったビールグラスを、一人の彼女に差し出した。一瞬、女性たち二人の目がテンに
なり、二人共ムッとしたまま彼をシカトした。
彼は、彼女たちがなぜ不愉快そうなのかも分からず、しばらくグラスを差し出した
ままだった。彼は、当然その女性が、自分にビールをついでくれるものだ…と、錯覚
したのだ。
念のために言っておくと、相手は金を払って飲みにきているお客なのだ。
また、こんな場合もあるーー。
ある時、一人当番で深夜勤務の若い看護婦がいた。バイトの当直医が、彼女の仮眠
室に入り込んで、なかなか出て行こうとしない。そのうち彼は、この看護婦にベタベ
タさわったあげく、嫌がる彼女にHな行為を迫ってきた。
本気で怒り出したその看護婦に、そのバイト医師は、
「アレ、本気にしたの? バカだなあ…冗談だよ、冗談!」とかなんとか言って笑い
でごまかし、やっと立ち去った。
翌朝、看護婦は、事務長にこのことを訴えた。当然、バイト医師はクビになった。
いずれにせよ、女性は”NO!”と断らないものだ…と、彼らは誤算していた。
前者の40男は、酒場に女性がいるというだけで、なぜ単純に女性客でもホステスと
同じだと思ったのか?
それは、飲み会のときの医師たちは、ホステス代わりに看護婦たちを両隣にはべら
せ、ビールをつがせるのが当たり前だった。つい習慣で、外でもやってしまったのは
彼の誤算だ……。
後者のバイト医師は、イヤヨイヤヨは好きのうち…と思い、強引に迫れば、どんな
看護婦でもオチると思い込んでいた。バイト医師にしてみれば 独身の医師がいい寄
っているのに、まさか本気で嫌がる看護婦がいた!? と、いう誤算だ……。
しかし、医師同士…こと女性関係に関しては結束が堅く、たとえ周囲にバレバレで
も「○○先生の件ネ、あれはデマだよ」と、同僚をかばい合うことが実に多いのだ。

■泥縄式でも恋は恋?

結婚している40歳になる看護婦が、若い看護士とアヤシイ…とか、年齢不詳の美し
い主任看護婦が、事務主任とアヤシイ…とか、看護婦は、病棟内の看護婦たちの間で
密かな噂になったりする。だが、医師が日頃やっている、手慣れた恋の綱渡りには、
さすがな看護婦もシッカリ負けてしまう。
たとえば、某有名大学病院から系列の総合病院へ、去年、一年の約束で行っていた
循環器内科の成績優秀な鈴木医師の場合ーー。
「あんた、誰よッ!」
激しくドアを叩くりカコに、鈴木医師は、近所の手前もあって、渋々ながらもドア
を開けた。いきなり飛び込んでくるなり、リカコがそう叫んだ。
「おい、よせよ」
彼が制止する声も聞こえないリカコは、ポンポンとハイヒールを蹴散らし脱いで、
そのままワンルームの玄関口に仁王立ちする。
ベッドには、こわばった顔の女の子が、裸の胸を隠すように毛布にくるまったまま
寝ていた。鈴木医師は、苦虫をつぶしたような顔で、二人の女の子を眺めた。
ーーチッ、まさか今日、来るなんて……。
彼には、日曜日の午後の暇を持て余しているに違いない、若い隣人の同僚医師たち
を喜ばせるのがシャクだった。
「あんた、今度の病院の看護婦ねッ。そうでしょう、きっとそうだワ」
リカコは、かってに推理して、かってに断言している。……しかし、リカコの推理
は正しかった。確かにベッドの女の子は、大学病院の彼と同じ循環器内科の外来病棟
で働く、23歳になる看護婦だ。
「おい、キミとは大人の関係じゃなかったのかい? 始めにそう言い出したのは、キ
ミのほうじゃないか」
鈴木医師はベッドの女の子を隠すように、前へ立ちふさがりるようにして言った。
「ひど〜いッ。病院変わって、まだ3ヵ月もたってないワ!」
リカコのふだんの可愛い顔が、涙でクシャクシャに歪み、クローズアップで迫って
きたかと思った瞬間、彼はリカコの往復ビンタを喰らっていた。
バターンと鉄の扉の締まる派手な音と共に、リカコは消えていた。
ーーふうん…リカコって、結構、オレに純愛してたじゃん……。
鈴木医師は、リカコの躰に少し心残りではあったものの、これで後腐れ無しだと思
うと一安心だった。
「ねえ、センセー。今の人、前の病院の看護婦だったんでしょう」
ベッドの上から、女の子がモソモソ起きながら言う。
一年ぶりで自分の大学病院に戻ったとき、病棟だけの鈴木医師歓迎会があった。
彼が留守をしていた一年の間に、外来に配属されてきた彼女は、色白でクリクリし
た目が可愛かった。彼は、その2次会の帰りにオトした。
彼女と寝るのは今日で2回目だ。
「ワルイわぁ……」
「だって、最初っから大人の遊びネ…なーんて言ったのはあのコだよ。ボクは、大人
同士のお付き合いはするけど、誰とも結婚はしないよ。キミもわかってるじゃない」
「センセーったら、なんだかズル〜イ……」
女の子は甘えた声で、少し不満げな表情を浮かべた。
ーーフンッ! オレは、看護婦とは誰とも結婚しないゾ……。

鈴木医師がリカコと会ったのは、あれは一年前…確か去年の今頃だったーー
東京近郊の総合病院へ、期間限定で派遣された26歳になる鈴木医師は、22歳の看護
学生に目を付けた。
そのコは、ほかの看護学生より2歳年上で、看護学校に入る前にふつうの女子短大
を卒業していた。そのせいか彼女は、同期の看護学生より大人っぽくナイスバディー
な色気があった。また、男に対してもどことなく遊び慣れたふうだった。
さっそく鈴木医師は、その看護学生を飲みに誘い、即日、モノにしてしまった。
それが、リカコだったーー。
それからの彼女は、看護学校の実習生でありながら、先輩看護婦たちを目を盗んで
は、鈴木医師のいる医局に遊びにきた。
そもそも、ナースステーションが看護婦の集まる場所ならば、医局は科別に医師た
ちが集まる場所だ。フツーの看護学生ならば、学校の職員室の雰囲気で、なかなか入
りヅライものだ。
しかし、リカコはまるでゲームでも楽しむかのように、ほかの医師の留守を狙う。
わずかな時間にスルリと入ってきて、若い鈴木医師の膝の上に座ったてイチャつき、
まるで猫のような女の子だった。彼には、そんな彼女が面白い女に映って見えた。
しかし、リカコが鈴木医師と付き合う前には、同じ循環器内科の妻子持ちの30歳の
医師とも付き合っていたフシがあった。
しかし、そんなことは彼にとってどーでもいいことだった。
「ボク、キミのことは好きだけど、とうぶんの間、誰とも結婚できないヨ。早く一人
前の医者になるのが先決だし、だいいち開業することだって夢のまた夢だしナ」
彼は、結婚する気がないことを、リカコへ遠回しに言った。
「じゃあ、私達って…大人の付き合いなの?」
「そうかもしれない、ボク、リカコは好きだ、愛してるよ。でも、今ボクは、結婚な
んてムリなんだよ。わかるだろ?」
「ええ、わかるわ…先生。大人の関係でも、大人の遊びでもいい……」
こうして鈴木医師とリカコの密かな付き合いは、病院の誰にも知られることもなく
一年間続いた……。
リカコが正看護婦になった頃、鈴木医師の総合病院での約束の勤務期間が過ぎた。
鈴木医師が大学病院に戻ることが決まった歓送会の夜、リカコは彼に言った。
「ねえ、東京の鈴木先生ンところ、遊びに行ってもい〜い?」
「まァ…大学病院に戻ったら、忙しくてバタバタしてるだろうし、滅多に自分のマン
ションにも帰らないと思うけど……」
彼は前置きしながら、それでもすぐに、東京の住所と電話番号を彼女に教えた。
鈴木医師の住む部屋は、大学病院側が借り上げた民間のワンルームマンションで、
独身医師たちの寮となっている。
ホンネを言うと、リカコに寮の部屋まで押しかけて来られたら、実際のところ迷惑
だった。しかし、リカコも正看護婦になって忙しくなることだろうし、半年ぐらいは
上京できないだろうし、その間にほかの男をまた見つけるかもしれないと、この時、
鈴木医師はリカコのことを軽く考えていた。
最初の頃、彼の部屋にある留守番電話に、一月4〜5回かかっていたリカコから電
話は、しだいに間遠くなっていた。実際、この3週間というもの、リカコからの電話
は一度もなかった。
彼が直接電話で彼女と話したのは、大学病院に戻った一ヵ月目の頃、部屋にいたと
き偶然取った始めの一回だけだ。彼のほうからは、一度もかけたこともなかった。
仕事と新しい女の子のことで忙しく、彼の心の中にあったリカコは、むしろ忘れら
れた存在ですらあった。
それがいきなり上京してきて、いきなり部屋に押しかけてきた。しかも、リカコと
新しい女の子が、自分の部屋で鉢合わせまでしてしまったのだ。
ーーあーあ、オレってツイテナイなぁ〜。とうぶんの間はこの女の子で、たまに寝
るコはリカコと決めてたのになァ……。
この調子だと、病棟の看護婦たちにバレるのも時間の問題……?
鈴木医師が恐れたのは、べつに噂好きスズメの看護婦たちではなくて、その上の婦
長や先輩医師の間で、この件がバレることだった。
なぜなら、彼は研修医の期間が終わる頃、大学病院系列の個人病院の娘とお見合い
をして、すでに婚約までしていた。
個人病院と言っても都心にも近く、ベッド数が100床もある総合病院なのだ。
家が医者の家系でもなんでもない若い鈴木医師にとって、夢のような棚ボタ式で、
実に美味しい話だった。
これは、先輩医師とそこの院長が旧知の仲ということもあり、その先輩の絶大なる
後押しで得た地位だ。それなのに、看護婦をチョットつまみ食いしたぐらいで失うに
は、鈴木医師の一生の損失というものだ。
結局、鈴木医師は、同じ病棟の看護婦とも別れて、その婚約者と半年後に盛大な結
婚式を挙げた。
先輩医師が、彼の看護婦つまみ食いと、その鉢合わせ事件を知っていたか、今とな
ってはわからない。もし、知っていたとしても、きっと不問に伏すことだろう。なぜ
ならば、その先輩医師だって、若い頃も、いや、もしかして今も、鈴木医師と同じこ
とをやっているかもしれないのだから……。
リカコともう一人の女の子は、今もそれぞれの病院で元気に働いているーー。
しかし、医師の”ちょっとだけの恋”なんて、大学病院やふつうの大きな病院では
よく聞く話だ。

手先が器用でなんでもよくでき、会話が豊かで、性格も一応よくてスポーツまでこ
なす研修医がいたとする。
仕事にも自信ができ始める時期でもあり、きっとそんな研修医は、”ボクは、一番
今が輝いてるンだよーッ!”…というオーラを全身から発しているに違いない。
そんな研修医が、仕事に慣れない新米看護婦に何かと優しく教えてくれたり、飲み
会などで、若手の看護婦にその若さを惜しみなく発揮すれば、誰でも、フラ〜ッ と
きて、一度ぐらいのベッドインはムリからぬこと……。
ところが、そんな研修医に限って、必ずフタマタかけていることがよくある。それ
も同じ病棟の看護婦で、特にその看護婦同士の仲がよかったりする……。
片方が研修医との恋を打ち明けて、聞いたほうはギョッとする。そんな場合、あと
から恋したほうが身を引く場合が多い。しかし、これがミマタの恋ともなると、矛先
は、問題の研修医へ向く。だが結局、彼は決着をつけることもなく、べつの病棟の看
護婦へ飛んで行ったり、彼自身が結婚したりするので、看護婦たちのそれぞれの恋は
自然消滅することが多い。
しかし、その研修医は、何年たとうが、その病院に在籍するかぎり、看護婦たちの
無言の、”女の恋の恨み”ってヤツをズーッと感じていなければならない。

■自称モテモテ男 の置きみやげ

千葉県Y病院には、一年間という期間限定付きで、大学病院からきた遠藤という、
28歳の内科医師がいた。
この遠藤医師は、名物男として、後々までY病院の語り草となったーー。
彼は、スキーとスキューバダイビングが趣味というだけあって、一年中日焼けして
いるためか色浅黒く、背が高く、何よりもカラオケが抜群にうまかった。
看護婦たちは、強いて彼に利点があるとすれば、28歳の”若さ”ダケだと言う。な
ぜ、こんなに点がカライか…というと、この遠藤医師、トンデモナイ男だったのだ!
とにかく彼は、自分に自信があるらしく、すごくモテる男だと思い込んでいるフシ
があった。
病棟の飲み会や旅行などで、この遠藤医師は、彼好みの看護婦の隣の席に必ず座っ
た。そして、その看護婦の顔をジッと見つめながら、彼は決まってこう言った……。
「キミがボクの彼女だったら、きっとボクは、楽しい人生が送れるだろうなぁ」
「……はぁ〜?」
いきなり隣に座ったかと思う間もなく、突然、あまりにもキザな彼のセリフに、言
われたほうの看護婦は、ピンとこなくてキョトンとするばかり。
それにもメゲない彼は、その看護婦の顔をジッと見つめたまま……。
彼は内心、自分の太めマユゲと、大きめなハッキリした切れ長の目に、トテモ自信
があった。つまり、自分の持つ情熱の瞳で相手のハートを射抜いているツモリ……!?
「バッカみたーい。キザな男ねぇ」
「あれで、コロッとなる看護婦がいるとでも思ってンのかしらァ」
「やーねぇ。遠藤先生って、すごい自信家ネ」
……などと、飲み会の翌朝、ナースステーシヨンは、遠藤医師の噂で持ちきりにな
るのだった。
看護婦立ちに何を言われても、メゲずにいつも明るい遠藤医師……。こんな調子の
遠藤医師だから、カラオケ付きの飲み会は、彼の独壇場! 彼の得意な歌は郷ひろみ
のヒットパレード。
どこで密かに練習しているのか、声や歌い方は郷ひろみにソックリ!? 素人モノ真
似大会にお出しできるほど、踊りの振り付けも、郷ひろみに実によく似ていた。
遠藤医師は、郷ひろみの『ホワイトレディー』を歌い、振りを付けて踊りながら、
いつものごとく好みの看護婦に向かって、得意の決めゼリフを一発!
「 僕は○○○○○〜…きみは○○○○○だね〜…」
彼は歌ったあと、ホワイトレディーという名前の付いたカクテルを、その看護婦に
本気で差し出してくるのだ。
その場に居合わせた、ほかの医師や看護婦は、全員ブッ飛んでしまった。
しかし、そこまでキザが板につくと、これはもう立派、としか言いようがない。
ーーこんな男に引っかかる看護婦なんて、うちの病院には一人もいないワ!
と、看護婦たちはそれぞれ、胸のうちで思っていた……つもりだった。

遠藤医師は、Y病院が彼のために借りた、病院近くのマンションに住んでいたが、
ある日、そのマンションの管理人が、内科へ入院してしまった。
「あれ〜? あなたは、遠藤先生のところによく来る看護婦さんじゃないの」
若い看護婦A子は、検温に回っていたが、管理人の患者さんにいきなり言われて、
ビックリ!
ーーぎぇ〜っ、よく見れば遠藤先生ンとこの管理人さんじゃない……!
どうしたの? …と、ほかを回っていた看護婦B子にまたもや、管理人が……、
「あら、最近、お見えにならないと思ってたら、仕事が忙しかったンですか?」
ーーギョッ! このオバサンは…確か…マンションの……!?
「あら〜、いつぞやはお菓子をごちそうさまでしたーっ」
いきなり廊下に向かって大声を出し、ニコニコとあいさつをする管理人の視線の先
を見れば、なんとそれは、A子やB子の先輩になる看護婦のC子で……。
ーーC子せんぱぁ〜いッ……アナタまで遠藤センセーの部屋にィ〜……!?
A子もB子も、心の中で同時に叫んでいたーー。
結局、この管理人チェックのお蔭で、遠藤医師の部屋に通っていた看護婦は、内科
病棟だけでも、6人もいたということがハッキリ確認できた。
遠藤医師は、H相手のスケジュールを調整し、看護婦一人ひとり、部屋へご招待を
していた。交通整理していた遠藤医師のみが知っていて、看護婦たちは自分一人ダケ
と思い込んでいたばかりか、キザなセリフにうまく踊らされていたのだ!
ーーアノ遠藤先生を口ではバカにしつつ、みんな、行ってたのネ……。
内科病棟の看護婦たちの心の中は、それぞれに苦く複雑なモノがあったーー。
そして、遠藤医師は、一年後にY病院を去って行った。

代わりにきた医師は、遠藤医師と同期だという女医だった。前任の内科医師が遠藤
医師と聞いた彼女は……、
「変なヤツだったでしょう? アイツ、私になんて言ったと思う? ”もうそろそろ
ボクと結婚しない?”…だって」
「……先生はなんと言ったンですか?」
遠藤医師にちょっと真剣だった、看護婦A子が女医に聞く。
「何をふざけたこと言ってンのヨ! …って、ひっぱたいてやったワ」
「エーッ! ひっぱたいたンですか、遠藤先生を…!?」
結婚まで夢見て、マジで真剣だったB子はつらそうだ。何も知らない女医は……、
「そしたらあの男、”そんなに起こったフリをしなくていいよ”てなコト言うのヨ。
よくわかってないのよね、アノ男ったらッ!」
と言う。ガハハハ…と笑う女医の顔は底抜けに明るい。
ーーアノ遠藤先生って、昔っからキザだったのネ……。
看護婦たちに一瞬ではあるが、再びそれぞれの苦い思いがこみあげてきたーー。

■知らぬが花? 複雑な結婚

関東の某大学付属病院の内科医師は、教授を仲人にめでたく結婚した。
しかし、不幸なことに、30歳のこの内科医である浅井医師は、新妻の態度に不信感
を抱いてしまった。それは、ヨーロッパ新婚旅行から帰ってからのことだったーー。
浅井医師の25歳の新妻のフミエは、外科病棟の元看護婦で、浅井医師とは病院全体
の新年会のパーティーで出会った。
彼女のぽっちゃりした笑顔に一目惚れした浅井医師は、内科の教授に頼み、外科の
教授から外科の婦長へと伝えてもらい、ようやく彼女と会う機会を作ってもらった。
そして、3ヵ月後、二人は慌ただしく結婚式を挙げ、ヨーロッパから帰国し、落ち
着いた新婚生活が始まろうとしていた。
だが、結婚前の交際中は、いつ会ってもニコニコと機嫌が好かったフミエなのに、
なぜか新婚旅行あたりから、彼女の態度はギクシャクとしておかしかった。
浅井医師は、新婚旅行の帰国後、入籍をかたくなに拒む新妻に、改めて不信感を強
く持った……。

現実の新婚生活は、凍った空気の中で過ごすような日々だった。
見も知らぬアカの他人同士、ただ同じ屋根の下に暮らしているようなものだ。
結婚後は辞めるはずの看護婦の仕事も、まったく辞める気配すらない。彼には、そ
れどころか新妻フミエの病院にいる時間が、結婚前より長くなっている気がした。
あるとき、浅井医師には、新妻フミエへの疑惑となった原因のすべてがわかった。
フミエは、同じ職場である外科病棟の、36歳の妻子ある外科医と、結婚する前から
結婚した今日まで、ずーっとフリン関係にあったのだ。
外科医の妻は、元看護婦だった。しかし、夫の外科医の陰にいる看護婦フミエの存
在に気付いた妻は、外科医の言ってくる離婚話に決して応じようとはしなかった。
フミエは浅井医師との結婚で、外科医とのフリン関係を精算しようとした。しかし
外科医が忘れられず、浅井医師と結婚式まで挙げたものの、それ以上はムリだった。

一年後、浅井医師のもとを出たフミエは、離婚できぬ外科医と同棲生活を始めた。
この結末に、顔にドロを塗られた仲人だった内科医の教授はすっかり怒り、外科医
の教授に抗議を申し込んだ。驚いた外科医の教授は、妻子持ちの外科医を僻地の診療
所へ飛ばしてしまった。フミエは、その彼に付いて行ったというーー。
浅井医師は思う、あのフミエとの結婚式は夢だったのか……。仲人だった教授の顔
をつぶし、ほとぼりが覚めるまでと教授に言われ、外科医同様に眠ったような町の小
さな病院に流されてしまった。もう、アノ活気ある医療現場に戻れる可能性はない。
きっと、新年会パーティーで出会ったフミエの存在すら幻なのかもしれないー