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2002年夏の…な居酒屋  バイト 日記…ことでした。

まえがき
バイトを始めた動機
 団塊の世代は多いはずなのに、何故に見つからないか、バイト……。
 それは、2002年夏のことでした。
 インターネットで検索しても、ハローワークに行っても仕事が無いっ! 
 フリーターと称する若い世代がみーんなバイトを取っちゃってるヨォ〜ッ。
 私の一番長い職歴といえば、何でもやります・できます、ご利用側には便利な、編集&ライターというお仕事のみ……。
 ただし、一生懸命、真剣にやるほど比例する肉体疲労とストレス。結果、6年間の闘病生活と病院ジプシーの日々。
 で、私はコレで編集辞めました。

 そして、フリーライターを細々やって10年近い歳月が過ぎ、またしてもストレスは正直に体に現れます。不眠に胃潰瘍、過呼吸症状……。
  しかし、いつまでも遊んでいられるほど裕福な環境でも無いし、趣味のパチンコでパチプロに転向するほどの才能もありません。結果、引きこもり生活の日々となりました。
 このままではマズイと、家人よりお尻を蹴飛ばされるようにインターネットで探したのが、今回のお仕事でした。

 私の希望バイトは皿洗い。人と接触する機会も少ないし、ノルマ分を黙々と労働力でこなせばいい……。自分の時間を労働力で買ってもらう、というのが理想でした
 体が続く限り働きたいもンだと、切に願って見つけたバイトです。
 バイト先は、自宅からの徒歩距離範囲、これなら夜中になっても歩いて帰れるし、時間帯を気にしなくて働けるぞ♪ 
 時給850円は、いまの不景気な世の中、バイト料としては、気持ち安めだけど、まあフツーでしょうと決めて面接に行きました。

 ところで、この仕事を決めたのは私、実際に働いたのも私、はっきり自分が言いたい事を伝えなかったのも私……。
体を痛めるのは私、心を痛めるのは家人でした。
 先日のバイト中、初めて接客中に泣きそうになりました。
 昔、仕事中に泣きそうになる時は、いつもトイレに駆け込み、いっぱい泣いたあと顔を洗うと、洗面台の鏡の前で自分を自分で励まし、にっこり笑ってみてから再び仕事のポジションに向かっていたものです。また、時には家に帰って、布団の中で声を殺して無念と悔しさに泣いたことも何度かあります。
 しかし、今回のバイトでは泣いているという『悠長な時間』さえありません。今回のバイト……なんか、本当に””で始まったバイトでした
 ウーム……、私って不毛な根性なし……か!?


6/28 金曜日 バイト初日 実働8時間 煙草休憩・1分、トイレ1回。TOPへ TOPへ

 バイトが決まりました♪
 インターネットのアルバイト情報で見つけたバイト先は、家から歩いて15分ほどの隣駅近くにあるチェーン店の居酒屋。
 25日の面接場所は、地下にある店内のテーブル席。
開店準備中の店内には、魚類を入れた発泡スチロールの箱や野菜入りダンボール箱が所狭しと積んであります。厨房の中は、忙しそうに調理台の前で立ち働いている姿がカウンター越しに見えます。店内のお掃除やら、食材の運び込みやらで、みんなほとんど口を利かずにで働いているのが印象的でした。

  面接をしてくれたのは、マンボウのように縦横ぷっくり太ったオーナーの調理長と、中肉中背どちらかというと華奢な感じの神経質そうな、オーナーの奥さんである店長。少し顔色が悪い色白な細い顔に真っ赤な口紅が印象的てす。
「うちじゃその頭はダメだなぁ。食べ物を扱う清潔なイメージの店だから、髪の毛は絶対に黒くなくっちゃ…」と、調理長の言葉に、
「真っ黒に染めて来ます」と、バイト志願の私は必死に答えます。
でも、そう言いながらも、私は思わずその横に座っている店長の、栗色に近い茶髪頭を不躾にもジロジロと眺めてしまいました。
 食べ物関係なので、髪を染めるのは禁止、指輪や時計などの金属類の着用も禁止。もちろん爪は短く切りそろえておかなければなりません。
 因みに私の趣味は、化粧をしない代わりに、髪を赤いヘアーマニキュアで部分染めにしたり、伸ばした爪にピンク系のマニキュアをつけること……。
 しかし、私はこの際、お店の規則に従って、それら一切合財をあきらめることにしました……って、当たり前か……(T_T)

 昨日の夕方、電話口でバイトが決定したあと、慌てて近所の美容院へ予約無しで飛び込み、「頭を黒くして、どーしてもお願いッ!」と泣きついてやって貰いました。
 私の頭は、赤いまだらヘアーなので、パーマ液で洗いおとしたうえで新たに黒く染め直す訳です。しかし、サービス券2千円分を引いたうえで、1万円も取られちまったぜ。
 で、もって白い半そでワイシャツを買いに走り、黒いズボンを探し買い求めましたぜ。
 バイト先は、黒ズボンに、白いワイシャツの上に、黄土色の半纏のような制服と紺ネクタイ着用なのです。
 美容院代、着替えを含めた衣服代、接客中にホールで滑らないようなつっかけサンダル代……バイト準備の投資金〆て2万円弱……。時給850円で働いて何日分……!?

 初日は、夕方7時までに入ることになっています。
「私物はここに入れて、貴重品は持ってこないでね」
と、店長が指し示した個人用ロッカーは、お座敷用のお客の靴を入れる扉の付いた下駄箱でした。鍵は、銭湯で見かけるものと同じ木製の下足板です。その下足板は、ほかの従業員同様、割り箸袋やら紙ナプキンなど梱包した棚に積んでおくのです。
 私は、手回り品を入れたポーチや通勤用のスニーカーなどを下駄箱に突っ込みました。ベテラン従業員の下駄箱の扉裏には、月間のシフト表らしきものが貼ってあります。

 始め皿洗いや野菜切りなどをする調理の下準備の調理補助が希望だったけれど、手が足りているという事で、私の仕事内容は、とりあえずホールの接客係になりました。
 狭い厨房には、男性ばかり5人も居ます。 
 1人の中国人、皿洗い担当のようです。皿洗いは、2人の中国人が交代で担当しているそうです。
 ホールと呼ばれている接客係は、店長も入れて私のほかにパート込みの6人。
 今夜ホールで働いていたのは、新米の私のほかに、店長ベテランふうなH嬢中年女性のNさん(結構な茶髪だけど……?)、出来上がった料理を厨房から受け取りホールへ手渡したり、生ビールやドリンク類を作るのを専門にしている中国人女性のKさん(彼女も茶髪)です。

 店内は、カウンター、テーブル席、お座敷と合わせて70数席あり、すでにお客で満杯状態です。先のお客が帰って席が空いても、すぐに新しいお客が入れ替わりに入って来ます。
「今日は、給料日あとの金曜の夜だからいつもより特に混んでるのよ。1人急に休まれちゃったし…」と、言う店長は、少しお疲れぎみ……!? 
 お客さんにはニッコリ笑顔を見せていても、ホール係に向かっているときは、柳眉を逆立ててキッと睨みながら、アレコレと早口に注意するハスキーな声もキツメ……。
 特に、今日が初仕事の私は、伝票のメニューの書き方すら知らないので、その都度、注意の受けまくりです。

 伝票はカーボン入りの複写式なったもので、お客の注文を聞いて品書きと数量、注文を受けた席の番号を一緒に書き込みます。書いた部分だけ、上の一枚目の伝票はちぎり、ドリンク係の中国人Kさんの前に置いてある、小さなトレーに置くことになっています。
 ちぎった伝票は、出来上がった料理にくっついて戻ってくるのですが、受け取ったホール係は、ちぎった伝票に記してあるテーブル番号を見ながら運びます。
 そして、受けた注文料理は確かに指定されたお客のテーブル席へ運びましたヨ、と、そのテーブル席にかけてある控え伝票にチェックを入れる仕組みになっているのです。
 運んだあとのちぎった伝票は各自がそれぞれ処理することになっています。
 でも、このクソ忙しいときに、イチイチそんなものをゴミ箱に捨てに行っちゃいられない。
 いらなくなった伝票の破片は、取りあえず制服の左ポケットに突っ込んでおくことになります。でも、それもすぐポケットに溢れるほど満杯になり、先輩たちの真似をして何度かまとめて捨てていました。

 メニューは何十種類とあります。しかも、コノ店独特の略式メニューの書き方があるらしいのです……。
 何も知らない私は、丁寧にメニューに載っている料理の名前をそのまま書いていましたが、
「細かくて判らないよッ。もっと簡単に書いてよッ」と、厨房からクレーム続出!
 そのたびに私は店長やホールの先輩たちに注意されます。
 でも大量注文に狂乱状態の私は、汗ダラダラ喉カラカラ、そんな中で、
「いらっしゃいませ」、「お待たせいたしました」、「有難うございます」
と常に大声を張り上げながら、頭の中は完全にパニック状態
なのです。
 しかも薄利多売のお商売なので、注文だけは、どこから湧いてくるの? と言うくらい
 ドッチャリとありまするゥ〜……。


 ホール係に必要不可欠なモノ、それは、黒いボールペンと、大きな声と、体力、そして愛嬌……か!?

 実際、アホのように混んでいるホールは芋洗い状態……。次々と荒波のようにドドッと新しいお客はやって来ます。
 そんな中、午前零時になったら、シンデレラみたいにホールからバイト時間終了とばかりに2人が消えました。
 お客が少し減って来ているとはいえ、その分、ホール係の人手が少なくって急に心細くなる私です。
 そして、夜中の1時前後、再び芋洗い状態の第2弾、新しいお客…それも若い男女グループやおじさんたちの団体さんが次々とやって来ます。
 えーっと…私ィ…初日から初めてづくしの中、注文を受ける脳ミソや料理を運ぶ肉体は最後まで持つのでしょうか……(T_T)
 実際のところ、立ったり座ったりの連続で、この先どーなるのだろう〜……と思うほど太ももの筋肉がギシギシ痛くて、早くも体は悲鳴を上げています。
 そのうち慣れるとは思うけれど、途中、下腹や足先までが変につってきて、私はとっても不安でした。

初日にしてはすごーく慣れているけど、どこの店で働いてたの? ほかの店を転々としてたの?」と、店長に聞かれてしまいました^_^;
 居酒屋関係は、20年前に鹿児島から帰京した時、巣鴨の炉辺焼き屋で3〜4ヶ月ほど働いて以来久しぶりですが、今日のような忙しい中で、自分の体が覚えていて勝手に動くのには不思議な気がしました。

 ただし、肉体疲労が激しく、体自体はなかなか付いていきません。
 ……私ってもう“お年”だったのね、と、ホント、自覚しちまったぜ。
 初日が終わって、タッチパネルのタイムカード(これが直接チェーン店の本部へ繋がっていて、給与計算やら銀行への口座振り込みをやってくれるらしい)を押し、帰り支度して店を出たのが午前3時を15分ほど過ぎた頃でした。
 表には人っ子一人見当たりません。うーん、若いコなら、帰り道はちょっと恐いかも……。午前3時45分……さっき帰宅したところです。
 ところで帰り際、店長は、私の本日の時給を計算して教えてくれました。
 夕方7時から夜中3時まで働いて、7千8百62円……。夜10時からは、時給850円の25%増しだそうです。
 昼間、ちょこっと打ったパチンコの上がりが1万2千5百円……ちょっと複雑な思いです。週6日間働くつもりではいるけれど、この先どーなることやら……(・・?

※旨い初ビールと不思議感覚な煙草休憩
 いや〜……初バイトを取り合えず終えた、帰宅後の缶ビールは旨い! 旨さに感動です
 元々ビールは飲めない私なのに、もう〜やたらと旨かったよ。
 勤務中も、厨房に断って、3回も水を飲んだけれど、本当に水も旨いッ!! 
 椎名誠のエッセイには、旨いビールの描写がやたら出てくるけど、実際汗を流したあとに飲むビールの旨さってこのことだったのネ、と実感しちまったぜ。
350ミリリットル…135円の贅沢ね。ウーム……。
 途中、食事休憩(正味10分間)はあるけど、忙しいし、いつお客が入って来るかと思うとおちおち食事もして居られません。おまけに、その分の賄い用の食事代はお安くてもシツカリ取られるし、その時間帯の時給も引かれるだろうから、食事無しでやってくつもりです。

 店長は、「あなた、煙草吸えるんでしょう? うちは煙草休憩があるのよ。吸いたいときには私に一言断ってね」と、言いました。
 見れば、ドリンク係のKさんの足元では、床に灰皿を置いたまま、ウンコ座りのホール係の先輩H嬢がプカリプカリと吸っていました。
 ―――ふ〜ん、あんなふうに吸うのかァ…。
 店長の許可をもらったあと、私もさっそくH嬢の真似っこをしてやってみました。
 注文が途絶えた瞬間を狙って床に座り込み、お客に見つからないよう客席に背中をむけたままでプカ〜リ……。でも、座ってコソコソと吸うのは、へんてこりんな気分で、煙草がちっとも美味しくないし、落ち着かなくて味すらよくわかりません。
で……、バイト終了後に店を出たとたん、即、煙草をくわえて一服。
 結局、家までの帰り道は、歩き煙草のまま、家にたどり着くまでずーっとチェーンスモーカーをしちまったぜ(笑)

※店長の一言
「ここで働いている人たちは、みんなお金と人生に行き詰ったうえで頑張っているのだから、あなたも頑張って60歳ぐらいまでやれば少しは楽できると思うわよ
と、店長に力強く励まされてしまった……。うーん……


6/29 土曜日 実働8時間 煙草休憩10秒ほど トイレ1回 TTOPへ↑OPへ

 土曜日ということもあって、かなり混んでいます。
 夕方7時から夜中の3時の間、10人前後の団体客やグループ客がひっきりなしで、客足が少しずつ減ってきたのは、夜中2時頃……。
 グループ客の中には、建築現場で働いているらしい若い男性たちでしたが、「急がなくていいから」とか、「そのテーブルを片付けたあとでいいよ。慌てなくていいから」とか、必ずと言っていいほど親切に声を掛けてくれました。
 おそらく、私が、お客が帰ったあとの散乱したお皿やグラスを、汗だらけでアタフタと慣れない手つきで片付けているのを見て、彼らは気の毒に思ったのでしょう。
 きっと、彼らも、昼間、現場の先輩たちに、どやされ時間に追い回されながら仕事をしているのかもしれません。彼らの一言は、焦る私の心に温かく沁みました。
 客足が途絶えた頃、座敷の掃除や、フロアーの客席をせっせと掃除しました。
 
 帰り際の午前3時前、店長は、伝票につけるメニューの略式名称の書き方を、自ら紙ナプキンにボールペンで簡単に書き出して教えてくれました。
 おにぎりの場合は、△マークに鮭だの梅だのとおにぎりの中身を記す、焼きおにぎりは△に“焼”をつける。焼き鳥は、何本と書き、シオかタレを必ず書く……そのほか数が多くて、本当に覚えられるかしらん?と不安です。
 明日、メモ用紙に書き出しながら自分の手に覚えさせるしかないなァ……。コレって、なんか試験勉強みたい……。


6/30 日曜日 実働 8時間 煙草休憩無し トイレ1回TOPへ↑

 今日は、ホール係の先輩スタッフH嬢がお休みのために、夕方4時から店に入りました。
 実は私、融通の利かない、3歩歩けばすぐに忘れるというトリ頭で、最初からいつも突っ走ってしまい、毎回それで何かと失敗をしてきています。
 昨夜、家人からも、くれぐれも調子に乗って突っ走らないようにとキック言い渡されてきています。
 そして、家人の忠告どおり、私は、8時間しかやらないぞッ! …と思って、午前零時にキッチリ店を上がりました。

 今、一番の悩みは、筋肉痛です。
 ひざを絶対曲げないで歩くロボットを想像しちみてくでぇ〜ッ。
 何気なく歩くとき、太ももが痛いンだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(T_T)

 今日、早めに家を出て、商店街の薬局で思わず即効性のある、筋肉痛に効くバンテリン…つうのを買っちまったぜいッ(-.-)
時給850円のバイトのために、1千数百円の出費は痛いなぁ〜……。
 そして、途中寄り道したマクドのトイレの中で、それを一生懸命ヌリヌリしたのさ。
 家からバイト先まで10〜15分で行けるのに、筋肉痛のために20分以上は確実にかかります。
 隣駅の階段を手すりにつかまって上り下りして行くのですが…つまり二階建てのようになっている駅の階段を、上り下りして越す訳ね。
 わたしゃ、まるで80過ぎのババァでやんすよ。
 上り階段もキツイが、下り階段はもっとキツイ……。
 世間が話題にして騒いでいるバリアフリーって何さッ、何とかしてよJRッ!!

 私、改めて発見しました。人間、歩くときは心持ちひざを曲げて歩くのですヨ。しかし!  ひざを曲げて歩くなんて……飛び上がるほど激痛の走る、見事な太もも筋肉痛でとても歩けましぇ〜ん。腰も痛いし……(T_T)
だから、足を棒のように突っ張らかして、ゆっくり、ギクシャクと歩くのさ。
 
 しかも、お店の規則として、テーブル席であろうとカウンターであろうと、必ず折り曲げたひざを床につけ、かがんだ状態でお客の注文を聞くことになっているのです。バイト中は、当然のことながら立ったり座ったりが激しくなります。
 これで注文を受ける接客中に、いちいち腰を落としひざを床につけて注文を受けられるものだろうかと本気でゾッとしちまったさッ(T_T)
 ところが不思議なもので仕事に入ると、気が張っていることもあって何とかかんとかこなしています。それでも痛いものは痛い!!
 特に昨日今日と、朝起きたときは悲惨ですぅぅぅぅぅぅ(T_T)

 痛みでギクシャクと動きながらお客の帰ったあとのテーブルを片付けている私を、傍で何気なく見ていたお客から、
「頑張ってください」、「しばらくはキツイけど、慣れるからね」
…などと、初日同様に励まされちまったぜいッ。で、もって、ちっとだけ嬉しかったするのさ。でも、
あんた、代わりにやってみたら
…などと失礼な反論を内心抱いたりもするのは、私の根性悪すぎか!?

 それは、私よりもはるかに年上と思える初老の男性や、私の息子といってもイイほどの若者の温かいエールだよ〜。
 不思議なもので、
女性軍のエールは絶対に無いぞッ、きっぱりッ!!

 ある時、テーブル席に呼ばれていくと、熟年のおばさんにいきなり怒られた。キョトンとする私。
「席を替われって店長に言われてココに座ったのに、新しいオシボリもくれないのッ?」
 慌ててオシボリを取りに走る私。
「それに何よ、これッ!」
「は…?」
 テーブルには、空になった小さなペットボトルが置いてある。
「お客様のでは……?」
「ンなわけ無いじゃないッ。前の客のよ、何してんの、サッサと片付けてッ!」
 ―――うーむ……おい、おばさん、私は何も判らず呼ばれたから来たんだよ、
日常の生活諸々の不満を私に八つ当たりしてンかいッ!!(怒)
……というくらいに況判断の出来ないおばさん客がたまにいる。
 でも、なぜか傍におじさんが一緒に居て、一生懸命とりなしているのが微笑ましい。
 しかし、やっぱり、くそっ(怒)

 店長は、相変わらずアレコレ激を飛ばす。
「注文伝票の書き方が違うじゃない。私があれほど教えたのに覚えてないのッ!?」
と、怒る店長。
 昨夜、確かにメニューの書き方を色々とレクチャーしてくれたけれど、即、完璧に覚えられる訳がないじゃんよォ〜(怒)
(店長が紙ナプキンに書いてくれた、注文伝票に書く略式メニューの書き方……正式名○○○のチーズ○○グラタン=グラタン……というふうに教えてもらい、覚えようとメモ書きしたが、品数が多くていっぺんに覚えられない)

 ごちゃごちゃ言われ続けて、結果、またしてもゴッテリ怒られちまったぜい(笑)。で、もって、結構、作業方法に関してアレコレと注文が多い。
 このテリトリーのみを専念しろと言われ、別のテリトリーの注文を即受けろと言う。おまけに新規のお客も見逃すなと言われ、その注文を受けていると、何故テリトリーから外れると怒られる。店長自身も、多すぎるお客に混乱気味か!?
 私、言い訳はしていないけれど、言い訳をするなと言われる。なじぇ〜……。


 常に元気の良い大きな声を出すように言われていた私は、ある時、
「中生いっちょお〜ッ」と、元気良く怒鳴ったら、店長がすっ飛んできて、「下品な言い方は止めなさい」と注意されました。
 店長が言うには、「うちは一部上場企業」だそうです。接客の際は、「美しい丁寧語で接客」するのが鉄板のような堅いお約束らしい……。
お待ちどうさまではなく、「遅くなりました」。飲み物は「何杯」、有難うございました、では無く、「有難うございます(再び来店して貰うために過去形にしない)」、謝るときは、「ご無礼をば致しました」。武家言葉の如く喋るようにと指示されました。
 もちろん立ち振る舞いは、テーブルやカウンター席であっても、注文を受けるときの接客中は必ずひざを床につけて応対する……嗚呼、etc……。
 おいおい、時給850円にそこまで要求するなよッ……と、わたしゃ言いたい。

 今日は日曜日ということもあって、早い時間から幼児連れの家族やグループのお客が多い。ところが、零時近くになったら、明日からの仕事に備えるためなのか、数組のお客がテーブル席にいるぐらいで、初日ほど混んじゃいません。
 で、この日の私は、さっさと8時間労働と割り切ってバイトを上がって来てしまいました。
 だって、ベテランスタッフの定休日で、私は3時間も早く入っていたし、もし、新しいグループ客が来ても、店長のほかにもベテランスタッフがいるから、当然注文はコナセルと思ったんですよ。
 それに、太ももと腰がグチャグチャに痛いンだもん。この場でぐわぁんばっても翌日に体がとても持ちましぇ〜ん(T_T)
 店長は、「え…帰るの…」と、ものすごぉ〜く不満げ……。しかし、私は、自分の体大事と店長の言葉を無視……。

 今夜はバイト3日目。とりあえず三日坊主になることも無く、3回続けてモッタよッ…ということで、帰宅後、自分に奢って大きい缶ビールを買って来て呑んじまったぜいッ。
 うーむ……しかし……なんだかなぁ〜……。


※店長の言動から察した、店長の私へのイメージ。
 私は、人生と金に行き詰ったおばはん。亭主はリストラ。ご飯もちゃんと食べていない…つうか、気持ちにゆとりが無くて作ってない、作るお金も事欠く生活に違いない…(だから賄い食を食べればいいのに…ってか?)
 徒歩距離なので交通費がかからない、土日祭日・就業時間は自由……多少のドン臭くっても取りあえず腰が軽い。で、もって、まぁまぁ経験もありそう……。
 ウーム……こんな飛び込みバイトは、雇用する側からしてみれば、年齢や見た目の難点が多少あってもオイシイ人材だと思うぞ。

※賄い食って……?
 テレビの食べ物番組などで、厨房の賄い飯はスゲー美味しそうで、いつでもお客には?特別料理でも食べているかのように紹介してあるけど、私の少ない経験からしても、あんなの真っ赤な嘘じゃないかと思うヨ。
 因みに、初日の賄い食は、魚の切り身煮付け、味噌汁、ごはん。2日目、野菜の天ぷら、味噌汁、ご飯。3日目、ゴーヤチャンプル、納豆、ご飯。うーん、記憶が定かではないけど、4時入りしたときは冷麦…野菜炒めつき…だったよな。あとはカレーと野菜サラダ。でも、賄い食って、どーして見た目が不味そうなんだろう……。
賄いだから……?
 それに、なぜか炊いたお米がぴかぴかに見えない……。炊き上がったご飯粒が不味そうなんだもん。
 このお店では”無洗米”を使用しています。私は使ったことが無いので知らないけれど、”無洗米”ってただ水を入れて炊くだけじゃないのね。だって、厨房のKさん曰く、「無洗米っていっても米ぬかで汚いから、3回ぐらい洗ってね」だって。
 ただし、賄い食と一緒に添えられた大きいコップに入った氷水が実に旨そうに見えたんだよねえ〜。
 
 店長があれほど言うところの「割烹料理が謳い文句」なのであれば、たとえ従業員の賄い食であっても、盛り付けは旨そうなほうがイイなぁ〜。それこそ、賄い食を偶然見たお客が、同じものを食べたいというぐらいのモノっていいよなァ〜……。
 だって、食い物をただ器に入れただけっていう感じで、本当にぶっかけ飯もどきの、見た目、味も素っ気もない賄い飯なんだもの。
 ご飯だけは、各自が好きな量をお茶碗につぐんだけど、厨房の中国人の若者は、毎回、丼茶碗にものすごーく山盛りご飯をついで食べている姿は壮観だよ。
 ま、まだ一度も食べてないので、見た目だけで味についてアレコレ言う私もどーかと思うけど……。

※従業員には中国人が多い……!?
 厨房の中とドリンク係に、中国人が働いています。私が水を飲みたいとか、ダスターをもっと固く絞ってとか言っても、なかなか言葉自体が通じません。
でも彼らは皆、黙々と一生懸命に働いています。ちょくちょく調理長や店長に怒られてもじっと我慢しています。もしかして、国への仕送りもあるだろうし、それに、即、おい それとほかに働ける職場が見つからなかったり、行くところが無かったりで我慢しているのかもしれません。
要は、働いて賃金を貰って、しかも格安でタップリ飯を食える状況の職場……。
20年前、炉辺焼き屋でバイトしていた時と同じように「貧すれば鈍す」方式は、現代でも生きているのね(-.-)しかし、あんときゃ時給千円だったぞ……ナンカ判らんが……(怒)。
結論、えーっと……私って、ココのオーナーに拾われたわけネ……う〜む……。


7/1 月曜日 実働5時間 煙草休憩無し トイレ無TOPへ↑

 バイト4日目の月曜日は、私の定時…らしい?…夕方の7時入り。まあまあの混み具合です。
 月曜日だし、お客さんはサラリーマン風が多い。
 奥の座敷のテーブル席についたサラリーマン?の3人客は、オフィス街でもないコノ地域の飲み屋にノートパソコンを持込み、酒を飲みつつ半ば会議中……。
 料理を運んでいくたびに、パソコンの画面を隠そうとします。
 ―――国家機密や、日本中が大パニックを起こすほど大流行するような企画案がそのパソコンに入っとるンかいッ!? ……というほどの警戒模様。わたしゃ産業スパイか……!? 
 ま、いいけどね……。

 零時前後より客足が遠のき、70数席のテーブルがまばらになってきました。全体の1/4ぐらいかなぁ〜……。
 で、突然、店長より、「1時間の休憩時間を取って、仮眠してらっしゃい」と、言い渡されました。店長の言うことにゃ、早い人は昼間の12時から入って働いているので、休憩時間を必ず取る…そうです。
 
 しかし、最初の面接の時、最低8時間は働きたい…と言っていた私ですが、今のところ毎日8時間しか働いてないけど、1時間の休憩時間が必要?だったのでしょうか?
 休憩場所は、入り口横の鉄の扉の向こうにある倉庫と称するボイラー室…にしつらえた折りたたみ式のビニール編みの寝椅子。
 目の前に張り巡らされたパイプの横には、従業員のものか、それともお客の忘れたものか、何本かのビニール傘などがぶら下がっています。打ちっ放しのコンクリートがむきだしの壁の隅には、玉ねぎやジャガイモのダンボール箱が積んであり、大きなポリバケツのゴミ箱が無造作に、寝椅子の横に置いてありました。
 ちょっと待てぇーッ! ココで時給無しで、店の都合でジッとしていろッてか?
 勘弁してくれよ〜ッ、で、予定の残り2時間をまた働けって言うのぉぉぉ〜……。
 ならば、残り時給=労働時間は要らないから帰らせてくでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜ッ……という気分だよ。

 休憩室がきちゃないのは平気さッ。締め切り過ぎた漫画家さんの、修羅場のとっ散らかった仕事場を考えたら、ダンボール類もそこそこ整理整頓されてるしね。
 大昔、児童公園のベンチや呑み屋の椅子で寝泊りして編集部へ出勤していたことを考えると、まだましさ。
 私は、"私の人生時間"を、他人に、しかも理不尽に取られるのがイヤなのッ!
 働いて貰う賃金は欲しい、しかし、1時間もの間(しかも無給時間!)、ボイラー室もどきの倉庫で何もしないでじっとしたまま(店長に言わせると“仮眠時間”だそうです)過ごすくらいなら、わたしゃ家に帰って体を休めたいよォ〜。
 店が暇で休憩をとるんだったら、そのまま上がらせて欲しいし、今後も暇なときは同じように上がりたいヨ。
 で、その事を店長に言うと、ちょっとびっくりした様子……。
「あなたも生活費を稼がなきゃならないンでしょう?」
「…………」
 バイト料は稼ぎたい、ただし一気に働いて…ね。バイト料をカットされ中途半端な休憩時間なんか取りたくないもんねぇ〜。
 で、この日の労働時間は5時間……。
 しかも、突然急に言われた『翌日はバイトがお休み』……。
 これは私としてはラッキー……かもしれない♪
 慣れない労働に体中が悲鳴を上げているし、まずは体を休めなくてはと内心思っていたところだったし、ね。

※本日のアレコレ
 つい日常の習慣で、立ってコップに残っていた水を飲んでいるところを店長に見つかり、こっぴどく叱られてしまいました。
 これは、私が行儀悪かったので、怒られても仕方が無い。トホホ…な私です。
 お座敷で一つの宴会が終わったあと、そこのお客、学校関係……教師…?…に、「丁寧な応対で、気持ちよく接客して貰って有難う」と言われたが、私は何もやっていません。こんな場合は、きっと店長を呼ぶのね……と、あとで反省。
 初めて来店したカウンターに座ったお客さんを接客したら、「某所の同じチェーン店より良い、また来るね」と言われ、ちょっと嬉しかったりしました。

※不思議なお客
 開店早々に男女のお客が入って来る事があります。
 夕食代わりなのか、ちよっとしたつまみを頼んだあと、必ずライスセットを女性が注文します。ライスセットとは、ご飯、お味噌汁、お新香、小さなガラス鉢に入った生野菜サラダがセットになったものです。
 男性はビールなど飲みますが、女性のほうは、アルコール類を頼みません。たぶん、どこかのスナックに勤める彼女が、同伴客として男性を誘ったのかもしれません。
 
 逆に、午前1時とか2時とか遅い時間に来る男女のお客もいます。男性はホロ酔い、女性は酔ってるようですが、よく見るとほとんどシラフ状態です。
 女性は、これでもかこれでもか、というぐらいに色々と料理を注文して、傍で見ていても気持ちイイぐらいにパクついています。そして、相手の男性へ、女性が次から次へと上手にお酒を勧め、バッカバカ飲ませているのです。
 女性はパクパク食べながら、元気にアレコレとお喋りしています。男性はひたすら彼女のお話に相槌を打つだけ……。
 彼女は、ウチのおばあちゃんの話から親兄弟、親族一族郎党の話などを、とめどなく喋ります。相手は、興味なさげですが、、それでもフンフンと一応熱心そうに相槌だけは打っています。
 う〜む……これは、お客さんがホステスさんを”お持ち帰り”しようとしている途中なのね……と、最後にようやく判りました。
 お会計の頃、男性客はもうベロベロです。彼は、ちゃんと彼女の”お持ち帰り”をできたのでしょうか!?
 いずれも男性客は中年のどこにでもいるようなフツーのオッサンで、女性は十人並みの美しさを持った、カタコトの日本語を話す、東南アジアの女性でした。


7/2 火曜日 私のバイト休み TOPへ↑
 
 今日のお休みは、一日中家に居てゴロゴロしていました。おかげで筋肉痛もずいぶん和らぎ楽になりました。うーん、私って、まだ4日間しか働いていないのに、結構くたびれていたのね。
夕方、ちょこっとパチンコをしたら5千円ほど浮きました。これを850円で割ると、お店で何時間働いたことになるのかしらン……? 
うーん何にでも時給850円で割る癖がついちまったゼ


/3 水曜日 実働時間8時間 煙草休憩なし トイレ1回 TOPへ↑

 今夜は、週半ばの水曜日という事もあって、お客の入りはまあまあ……?
 今日、珍しく20代前半ぐらいの白人3人グループの片言日本語のお客が来ました。
 つまみは、ほっけの焼き魚と寿司盛りのみ。あとはでかいピッチャーに入ったビールを何回もお代わりをして、長い足をてんでバラバラに伸ばして鼎談!?
 帰り際、グループの1人から「ココは気に入った」と、英語と日本語の片言ちゃんぽんで言われ、私も、キッチリ日本語でお礼を言いました。
 たぶん、長時間いてもオーダーを追加しなくても嫌な顔をしなかったし、応対が丁寧だったからカモ……。ちょっと嬉しい。
「今のお客様たち、なんて言ってたの?」
 その様子を遠くから見ていたらしい店長がすっ飛んで来ました。
お礼のことを店長に伝えると、我が意を得たりとばかりに、
「うちは常にお客さんの立場に立って丁寧に応対しているから、養老の滝みたいな居酒屋チェーン店とは違うのよ。料理も立派な割烹料理だし」と言います。
「お客さんに褒められて嬉しかったです」
……と、
言ったとたん、私は、全身から鳥肌がたってしまいました。
 お礼を言われて嬉しかったのは事実だけれど、店長の喜びそうな感想を臆面もなく言う自分が恥ずかしかったのです。いえ、ホント。
 長いものには巻かれろ…とは言うけれど、つい媚びた己が浅ましく自己嫌悪だよ(T_T)

※火事の場合の非常口は……恐いぞッ(怒)
 地下にあるコノお店は、鰻の寝床のように奥に細長くなっています。入り口は一つだけ。非常口は、一応、奥の突き当たりの鉄の扉の中にあります。
 ここの非常口の上り梯子の前は、宴会用の大皿やら何やら積まれてあり、しかも従業員の着替え室にもなっています。因みにスペースは、大人1人がかろうじて着替えができるくらいの空間です。
 万が一、入り口に火の手が上がり火事でも起こったら、逃げ場を失いパニックに陥った状態で、お客も従業員も確実に全員焼死するでしょう……(T_T)
 誰かが非常口に気付き、冷静に荷物をどかして非常梯子を上ったとしても、一階の店につながっている非常出口の蓋は開くンかいッ???
 絶対に大丈夫という保障はあるンかい???
 ……心配です(T_T)


7/4 木曜日 実働8時間 煙草休憩無し トイレ1回TOPへ↑

 夕方7時入りだけど、仕事時間に対して臆病で用心深い私は、ついつい早めに入ってしまいます。
 今日も25分も早く入り、ネクタイを締め、黒ズボンに履き替え、支給された半纏のような制服に整えるのにゆっくりやっても10分ほど。結果、タイムカードをいつも10〜15分早く打ってしまいます。
 1分遅れても30分の遅刻扱いなのに、おそらく早めに入っても時給は変わらないンだろうなぁ〜……ハァ…。

 週半ばということもあって、お客は少ないようです。
 本日、お仕事でやったことは、お客の注文を聞いて料理を運び、あとは小さな木のお盆にセットされた醤油瓶や割り箸などの補充。そして、店内掃除と便所掃除です。
 ……だって今日は、お客さんがホント少ないンだもん(-.-)

 ところで、お座敷と称する板張りの部屋は二つあります。
 各お座敷には、20人ずつのお客が座れるようになっていて、大小のテーブルがあります。一つのお座敷は、掘りごたつ式のテーブルが配置されてあり、もう一つのお座敷は掘りごたつ無しの普通のテーブルで、作りはまったく同じ20席。お座敷とお座敷の仕切りは、引き戸があり、広げて大きな宴会場を作れるようになっています。
 暇なこともあってバイトの後半は、ほとんどお座敷のお掃除に終始していました。
 ふだん、いろんなチェーン店の居酒屋のお座敷を、何気なく楽しく利用していた私です。
 掘りごたつの下にもぐりこんで、汗だらけになりながら拭き掃除なんぞをやっていると、アブラ足やら水虫持ちも混じって、ここにはいろんなお客の足があるんだよなぁ……と、つい想像します。うーむ、これは世間の言うところの、「底辺のお仕事」のひとつかもしれない……。
 精神状態が悪かったりマイナス思考だったりすると、これは、かなり落ち込む仕事です。

 
 でも、それよりもっと驚いたのは、便所掃除です。
 なんと、便所掃除は、ゴム手袋無しの“素手”でお掃除するのさッ。
 ま、それは、新人研修のお便所掃除風景をテレビニュースで観たこともあるし、根性試しで別にいいンだけどネ。
 でもね、“清潔”がモットーのお店なのに、ホール係には、お掃除したあとに手を洗う石鹸も、清潔に洗う場所も無いンだよ(T_T)

 因みに、2日前に『個人衛生自立チェックリスト』なる一覧表を渡されました。それには爪だの髪の伸び具合だの、手に傷は無いかだの、下痢をしていないかだの、○×式で一覧表にしてあります。お店で毎日働く者全員が、自己判断でチェックして、月末に店長へ渡すシステムになっているのです。
 で、ホールには、肝心な“手を消毒する場所”が無いッ!?
 トイレの液体石鹸の容器は、利用するたびに毎回口が詰まって使用不可。この時は、お掃除のついでに思って、爪楊枝で突っついて出やすくしようとしてたら、
「そんな事より注文受けた料理をサッと運びなさい」だって……。

 えーっと、私の手って、スゲーばい菌だらけだと思うンですけどぉ〜……。
 仕方なく、水道の流し水で気休めにゴシゴシ手を洗っておしまい……。うーむ、食中毒の季節なんですけどぉ〜……。

 しかし、考えてみたら、お座敷に案内したお客の履物を下駄箱に入れたあと、同じ手で料のも運ぶンだよね。うーん……!?
 些細なことかもしれないけれど、トイレがきれいに掃除されてあったとしても、肝心な手を洗う液体石鹸が使えなければ、女性客は嫌がると思うけどなァ〜……。それに、70数席の客席に男女別で各一箇所というのも少ないように思うンですけど……。
 だから、店長からは、トイレが混んでいるときは男女関係無く、空いているほうに入ってもらうようにと指導されています。
 しかし、初めてそれを勧められたお客の場合、男女問わず皆さん必ず驚かれますけど……ネ。

 ところで私は、接客態度をせっせこせっせこ注意されるけど、具体的なマニュアルをキッチリ実習で教わっていません。
 初日からブッツケ本番。マニュアルとやり方が違うと口頭で注意され、その都度、店長に呼ばれて怒られている日々です。何も知らずにやって、怒られて初めて覚える、というか、躾られる……わたしゃ犬猫か……?

 今日は、お客にオシボリを渡すやり方が違うと、店長にこっぴどく叱られてしまいました。そして、お客の少ない時間に、『お客様に渡す正しいオシボリの出し方』を店長に教わりました。
 まず床にひざまづいたままコースターをお客の前に置き、その時注文伝票をテーブル横の釘につるします。その場でオシボリの袋を破って、中のオシボリを広げて一人ひとりお客に渡す。で、改めて注文をお伺いする……。当然のことながら、そこには(⌒‐⌒)笑顔も添えます。
 それに対して、今まで私がやっていた方法は、オシボリの袋を破ったあと、広げないままお客の前に置いていました。
 えーっと、私、先輩のやっていることを真似してやってたンだけど、アレって店長の目が届かないときの手抜きだったのね。

 まさか先輩の誰それさんを真似しましたなんて、絶対言えねぇよ。結果的にそれはチクリになっちゃうもんネ。
 一番の問題は、バイトに対して具体的な労働時間内容や、マニュアルどおりの仕事のやり方などの説明が一切無いこと。マニュアルはあるんだと思うけど、店長自身それを教えるほどの暇も無いし、時給を払っている時間中にマニュアルの練習をさせるには、お金が惜しいんじゃないかと思います。ウン。
 しかし、時給850円に対して、労働内容が細かすぎてシビア過ぎるんだよなァ〜……。

※笑顔の練習
 お客が入って来たら、「“喜んで”、いらっしゃいませ」と、店内いっせいに山びこのような輪唱状態になります(これは、誰かが言ってるから、言い忘れると怒られるし、慌ててあとを追うように義務的に次々と“喜んで”を言ってるんじゃないかと思うぞ)。

 お客からオーダーを受けたら、「はい、承知しました」の代わりに「喜んでッ」とお返事するのは、コノお店でのお約束。
 ホールも厨房も、「○○さん、来てください」とは呼びません。ただ、「お願いします」の一言だけです。これで誰でもすっ飛んできます。
 私は、笑顔が硬いと店長に言われていたので、渋々ではあるけれど、昼間、自宅の鏡で一生懸命ニッコリの練習をしました。そんなに忙しくないときはイイけれど、混んでくると私も一心不乱で動いています。そんなとき忘れるんですよ、ニッコリ笑顔を……。
「ただ立っているときも、必ず口元に笑みを絶やさないように、ね」と、店長は言います。
 あの〜……、めちゃ忙しいとき、店長の口元はニーッとなってても、眉がいつも逆立ってるンですけど……とは、言えません、ね。
「私も初めの頃は練習したのよ。お客様に心から感謝の気持ちを持っていると、自然に笑顔が作れるようになるわ」
と、先輩H嬢が言いました。
 私は、初めてH嬢の接客ぶりを見たとき、スゲーぶっちょ面した女性だなぁと思い、ある日の彼女の接客中、常連客相手の笑顔を見たとき、ああ、彼女も笑うことがあるんだなァ…と驚いた記憶があります。ま、いいけどね。

※気になるお地蔵さん。
 店の入り口には、お店の商売繁盛を祈願しているのか、はたまたチェーン店本部の主旨を謳ってあるのか、木製の立て札の下に小さな祠らしきものが祭ってあります。
お花とお神酒を供えてあり、真ん中に線香たてまで置いてあります。
立て札には、このチェーン店の発祥した意味や、お客に対する心構えなど書いてあるようです。うろ覚えに覚えているのは、最後の一行の言葉です。
 南無○○○地蔵尊……でした。
 メニューにもお刺身の盛り合わせに「地蔵盛り」と付けてあります。
『喜んで』と、どんな言葉にも付ける事や、この祭ってあるものを眺めていたら、なんだか宗教の一種のようで、ちょっと不思議です。
 しかし、「喜んで」をモットーに祭ってあるお地蔵さん前に置かれてある花瓶などの器類は何故キチャナイ? 花瓶の中は落としても落としてもヌルヌルの消えない水垢、入れるお供えの花は半分干からびている。
 それらを必死で洗っていたら、「そんなことに時間使わないでッ。ほかにやる事がたくさんあるでしょッ」と、即、店長の声が飛んできた……。
 コレって、私が子供の頃、おばーちゃんなどに見つかると「バチアタリ!」と、絶対怒られていたよナー……(・・?
 社会生活で追い詰められて、生きていくために働こうとする人間を、何を言われても、何をされても“喜んで”コノお店で一生懸命に働きなさい、ね……と、知らず知らずのうちに洗脳していくような錯覚すら覚えた私って、考えすぎ……???


7/5 金曜日 実働3時間半 煙草休憩無し トイレ無 TOPへ↑T

「明日は、6時に宴会が入っているので6時半に入ってね」と、昨日、店長に言われて、6時15分頃からホール係を始めました。
 宴会係には、主婦パートらしきSさんが1人で担当している様子。手伝おうにも勝手が判らないし、せいぜい中継ぎから料理を運んでお座敷の入り口にいるSさんに手渡し、代わりにSさんから渡された空になったお皿やグラスを下げてくるのです。
 そこは彼女の担当なので、それ以上手伝うと、半人前のくせに余計なことをするなと、怒られるのが関の山です。

 2時間ほどいつものようにお運びさんをやっていたところ、突然、店長に呼ばれ、
「厨房に入ってね」
と、無造作に厨房専用の白い制服と前掛けを手渡されました。
「へ…?」

 ド素人がいきなり厨房かッ!?
 
 私は、心の準備がまったく無いまま、結局、訳もわからず厨房に入る事になりました。
 それでも慌てて着替えます。上着は黄土色から白。履物はつっかけサンダルから白い長靴。それも非常口兼着替え室に置いてある長靴を適当に履きます。適当と言ってもそれぞれの持ち主が居るはずです。
 因みに私の足のサイズは、自分の身長に対し、標準より小さい子供サイズなのです。が、この際、そんな事を言っている時間はありません。
 それでも一番小さそうな、シミで汚れた灰色に近い白いゴム長靴に履き替えました。でも、すご〜くブカブカ……。
 靴底も磨り減っていて、水に濡れた厨房のコンクリート床では滑りそうです。
 しかし、その白長靴は、穴が開いていたらしいのです。仕事が終ったあとに脱いだら、靴下がコンクリート床の汚水でグシャグシャに濡れてシミだらけになっていました。
 ま、今は、夏場だからいいけどさァ〜……。

 現在、厨房には、皿洗い専門の中国人が2人交代で働いています。そのほかに、煮物、揚げ物関係を扱う、入って間もないおじさんK氏。厨房、ホールと、何でも出来る、この店のチェーン店で10年は働いているというベテランのO氏がいます。
 厨房全体を把握する調理長は、主に刺身類を扱っている様子。
 そのほか、日本人と中国人の2人の料理人が居たらしいのですが、今日から突然2人とも来なくなったというのです。
 店長に言わせると、
「ちょっと怒られたぐらいで逃げ出すなんて根性ないわねえ」……だ、そうです。

 う〜ん、気持ちは判る。私も本音では、即逃げたいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 厨房は2人も突然欠員したことが痛かったらしく、緊急手段として、バイト間もないおばはンの私に、突然お鉢が回ってきたのです。
 確かに面接のとき、料理は好きだし、厨房補助…それも材料の下ごしらえ(野菜きりとか)や皿洗い専門を希望したよ。
 だって、何も考えず命令された仕事のノルマだけこなせばいいンだもん。誰に気を遣うこともないし、対人関係でストレスが溜まらないと思ったンだもんね。
 それにしても、厨房の外で接客仕事をしている女性や、地道に厨房で皿洗いをしている中国人の彼らなど、素人で、しかもバイト間もない私が厨房に入ることで、スゲー反感を買うと思うぞォ〜。

 チェーンの系列店で10年というベテランのO氏に、仕事のやり方を教わりました。
 私の仕事のパートは焼き方とご飯系。つまり、数種類の焼き鳥関係(しかも塩かタレも確認)、焼きなす、海老の塩焼き、鰤カマ、ほっけ、焼きおにぎり等の焼き物。漬物、小鉢もの、海苔おにぎり、生春巻きサラダ、とろろ入りサラダ、お茶漬け……などです。
 
 メニューによって当然のことながら、盛り付けも器も違います。
 ししゃもは、6本並べそろえて頭と尻尾に近い腹の二箇所を2本の金串を刺して焼く。海老の塩焼きは、海老の背にそって金串を刺し、刺した2匹をそろえて腹から木の串で止めて頭や足にねじるように塩を軽くつけて焼く。ナスは金串に刺し……もう、一気に言われても私には覚えられませ〜ん。
 焼く物によって金串を使う。それも刺し方が微妙に違うし、塩をふるのにもコツが有りそうだし……。出来るンだろーか…と、不安いっぱいの私。焼き台の火のつけ方も知らないのに……。素人のおばはンが入ってもいいのか、厨房に……???

「何やってんだッ、そんなこっちゃお客さんが遅いって怒って帰っちゃうよッ!!」
 私がおそるおそるやっている際中に、料理長の叱責は、容赦なくビシバシ飛んで来ます。
 私の厨房初日という事もあって、何気ないふうを装って補助してくれる臨時師匠のO氏。
 それを見て、「仕事を覚えないから手を出すなッ!」と、料理長からのO氏と私へ叱責の嵐……。

 焼き鳥を焼きながら、全身汗ビッショリ。でも、それを拭うゆとりすらありません。
 どーなるんだろう、この先、訳も無く不安ばかりが募ってきます。
 ところがラッキーなことに、店長か料理長の勘違いで、私は10時に仕事を上がるように言われました。
 今日は、たった3時間半しか仕事をやっていない。でも、嬉しいッ♪
「今日だけは、焼き台は俺が洗ってやるから、明日からはアンタが洗うんだから、よく見とかないと知らないよッ!」
 と、焼き台をバラバラに外しながら、調理長が言います。
 焼き台を組み立てる仕組みも知らないのに、明日から独りで洗えと言われてもォ〜……。
 それでも、言われるまま分解した焼き台の部分を洗ったり、目の前の油と煙で汚れたガラス窓を一生懸命拭いたりしました。

 家に帰ってから、厨房のベテランO氏に習ったことを、材料や盛り付け、ドレッシング類など、具体的に絵に描いて見ます。この料理の材料はアレとコレ…。ドレッシングはアレ…盛り付ける皿がコレで…盛り付け方はこうやるンだっけ……!?
 うーん、まとめてドッと注文が来たとき、本当に出来るンかしら……不安……!! 心の準備の無いまま、厨房入りは本当にキツイぜよ。
 ただ、この日の家に戻ってからのビールは、ことのほか旨かったです。

※カースト制
 因みに、レストランや割烹料理などの食べ物屋さん関係は、私の知っている限りで、はっきりしたカースト制があります。
 権力の順位は、お店の経営者、調理長、店長、厨房のスタッフ。そして一番下っ端がバイトのホール係です。
 当然の事ながら、食べ物を扱う厨房には、厳然とした権力があります。
 ましてや、このお店のように、オーナー兼調理長となると、絶大な権力があり、唯我独尊の世界です。
 たとえば、賄い食を食べるにしても、必ず厨房にお礼を言って食べなければならないし、仕事の始まりと終わりには必ず挨拶をしなければならないという、鉄のような暗黙のお約束があるのです。(もしかして私が賄い食を絶対に食べないのは、半分はそれがイヤなのカモしれない。食事中の時給無し、安いかもしれないけど食事代をバイト料から引かれてヘコヘコ頭を下げて食事をする……ヤだよ)


7/6 土曜日 実働8時間 煙草休憩無し トイレ1回 TOPへ↑

 本日の土曜日は、夕方6時入りと言われて、厨房の仕事が出来るのだろうか…と不安な気持ちのまま、バイト先の店へ行きました。
一番の不安は、本当にいきなりやれるのだろうか……ということもさることながら、周りのスタッフの反応はどーする…反感を買うことは確実…だということです。

 で、本日、夕方6時から夜中の2時まで、料理長のゴッテリと怒鳴られながら『焼き方』をしましたよ。
 今思い出しても気が重い。
 私は三角おにぎりは得意だけど、当たり前のことながら、バイト先の三角おにぎりの大きさは日頃握り慣れている大きさとはまったく違います。おまけに、料理長とベテランO氏の大きさも微妙に違うのです。
 注文がたてこんで忙しいとき、急げとせかされながらおにぎりを握った私へ、料理長からの叱責が飛んできます。

「何やってんだよッ! ご飯が多いよッ、昨日習っただろうッ!」
 あの〜……料理長が前に指示した大きさが今回微妙に違うンですがァ〜……とは、口が裂けても絶対に言えましぇ〜ん(T_T)

「漬物を切るぐらい簡単だろう、ほら、焼き鳥が焦げるぞ、ししゃもは未だかッ。お客さんから文句がくるぞッ。ったくトロイんだから、あんたはッ!!
と、まったく息つく暇も無いほどの怒られようの私です。
「冷蔵庫を乱暴に閉めるなッ、反動でまた開くだろうッ! 食器の扱いが乱暴だなぁ、年寄りってのは、もっと静かだと思ってたけど、うちの年寄りは乱暴だなぁ、割れたら弁償させるよッ! ああ、仕事がのろいッ! さっさとやれよッ! トロイッ!
と、厨房のおじさんK氏も怒鳴られっ放しです。


 厨房の中は、とても狭いのです。
 刺身や握り寿司まで扱う、調理長の左側に焼き台、右側に漬物、サラダ類、おにぎりなどを扱う小鉢系の調理台があります。注文伝票を受け取るカウンターは、小鉢系を扱う調理台横のカウンターです。
 つまり、私は、左側の焼き台をメインにして、調理長の両側にはさまれた2つの調理台を、行ったり来たりしながらの作業になります。
 そして、注文伝票を受ける場所に一番近いのは調理長です。

 種類別に調理する各担当は、自分が作る料理の注文伝票が来ているかどうか、常に気を付けていなければなりません。
「アンタに来た注文伝票を、なんでコノ俺がいちいち気をつけて取ってやんなきゃなんないのかいッ」
と、この伝票を見落とすと、調理長のカミナリが落ちることになるのです。

 私は、見落としで何度も怒られました。で、今度こそと何度か見に行こうとすると、
「今、アンタのは無いよッ!」と、ソノ都度また怒られます。

 調理長の真後ろに調理台があり、これは煮物、揚げ物関係のおじさんK氏がいます。
 で、私は、調理長を挟んだ格好で、焼き物をして、ご飯物を扱う事になるのですが、調理台と調理台の通路が狭すぎます。
 とにかく狭すぎて、人がすれ違う時、体が密着状態で移動する事になるのです。
「通ります」、「包丁、通ります」……と、いちいち声をかけて通らなければ、こっぴどく怒られます。しかも、調理長の後ろを通ると、刺身類を切っている調理長としては、気が散るのでとても機嫌が悪くなるのです。

 じゃあ、後ろの調理台で揚げ物中の、K氏の後ろを通ろうとすれば、これはこれで作業がやりにくいらしく、少しムッとされてしまいます。
 調理長とKさんとでは、どっちが恐いか……?
 結局、多少遠回りでもムッとされながらも、おじさんK氏の後ろを通ることになるのです。忙しくなってくると気が焦り、粗忽な私は、つい調理長の後ろを通ってそのたびに怒鳴られています。……嗚呼……!!

 調理長の得意な罵声は、失敗したら弁償だぞッ、トロイッ、遅いッ、違うッ、時給分働いて無いッ(1分の休憩すら無いのが現状なのに……)。
―――しかし、私が思うには、調理長自身、忙しくなればなるほど心にゆとりが無くなって、立場の弱い者に何でもいいから怒鳴りたい訳ね……。
 調理長、これって店長と同じ感じですが……やっぱ夫婦だから似てるの???

「2ヶ月もしたら10キロは確実に体重が減るわよ」
と、本日の私のバイト終了後、ニッコリのたまった店長(……ダイエットに最適という意味か?)。

 むむ…ダイエットは魅力だけど、そこまでは勘弁しちくでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
 昔、私は、6年間の闘病生活で今より13キロも体重が少なくて、正座する時にお尻の骨が痩せたふくらはぎに突き刺さるようで、痛くてキチンと正座できませんでした。おまけに原因不明の腹部の激痛で、毎日が死ぬほど辛かったンだからねッ(怒)

 ところで、汗ってさぁ、流れて目に入るとスゲー痛いンだよ。
 それもとめどなく流れる汗で目がメチャ痛いのにかまわず「焼きかた」をやりました。
 ところが帰り際、料理長から「怒られすぎて泣いたでしょう」と言われました。
 は…!? 泣いちゃいないよ、精神的な苦痛は編集の仕事のほうがどんだけキツイか……。泣くぐらいだったらケツまくってその場でバイトを辞めますぜッ!!

※弁償……って?
 この店は、オーダーミスはバイト料から引くシステムらしいのです。
 現に、昨日、5月から始めたという主婦パートのSさんが、オーダーミスをしたところ、ゴッテリ店長から叱られました。
「あなたのバイト料から引くから、それがいやなら自分で何とか始末しなさいね」
とまで言われ、Sさんは一瞬ムッとしていました。
 が、ふだんオットリした雰囲気のこの女性、いきなり予約されていた宴会席に行き、
「オーダーミスしたんですけど、この○○○を注文していただけないでしょうか」
と、哀れっぽく言って、そのままその宴会料理の別注文として納まってしまった。

 う〜む、侮るべし主婦パート……!!


7/7 日曜日 実働7時間? 煙草休憩、トイレ無し TOPへ↑

 今日から3日間、夕方4時入りになります。
 まず入店してから厨房でやる事は、届けられた食材の整理です。
 食材によって冷凍庫や冷蔵庫に入れたり、ボイラー室にダンボールの箱ごと片付けをします。なかなかの力仕事で、ここでドッと汗が吹き出てきます。でも、汗をのんびり拭っている時間はありません。開店1時間前は、いろいろと準備があり万事スピードが要求されます。収納場所が判らず、ちょっとでも立ち止まっていると、調理長やベテランO氏から叱責されてしまいます。

 想像していたとおり、チェーン店の食材は、一切合財チェーン店の本部から来ている様子です。
 野菜に果物、鮮魚に干物類、卵、出来上がったお新香類、出来上がっているポテトサラダ、冷凍された焼き鳥類やフライもの。そして色々なドレッシングやつゆの元のような調味料……。ダスター類まで一括仕入れのようです。
 店長は、「うちは高級な割烹料理と丁寧な接客が売りです」…って言っていたが、これって、お刺身や握り寿司以外は、ただ揚げたり、切ったりして盛り付ければいいだけじゃない。盛り付けですら、マニュアルがあるようだし……。半分だけ料理する訳ネ……。
 ま、だからメニューのお値段が安いンだろうけど……。


 日曜日は、本当に家族連れが多く、特に幼児を連れた家族が目に付きます。
 お値段がリーズナブルだし、もし幼児が眠っても、お座敷であればそのまま床に寝かせられるし、何かと便利なのかもしれません。
 店長は、そんな家族連れやカップル、若い女性グループ、常連さんなどに、厨房にスイカを切らせて、自らせっせとサービスをしています。
 もし私がお客としてこのお店に来たとしても、スイカのサービスは、好みは別としても特別扱いされたような気持ちになって、とても嬉しいと思います。
 サービスといえば、骨せんべいもサービスになっています。

 骨せんべいとは、鯵や鰯を姿つくりにした刺身やタタキを食べたあとに残った、魚の骨を頭ごと油で揚げたものです。それに、ネギとモミジオロシとぽん酢醤油を添えて、再度サービスとしてお客に出す訳なのです。
 お客にしてみれば、お安い刺身でそこまでサービスしてくれるなんて…と、喜ぶこと請け合い……。で、それを待っている間にもう一杯だけ飲もうか…という気持ちにもなろうというものです。
 サービスを知っているお客の中には、料理が届いた時点で「骨せんべいにして」と、鯵や鰯の頭つき骨の生を、未だお箸も付けていない盛り皿からいきなり取り出して渡す人もいます。うーん、なンだかなァ〜……。

 店長か、はたまたチェーン店本部のアイディアか知らないけれど、これはとても営業努力としても成功していると思います。
 でも、骨せんべいとなると、サービス品なので伝票には記載されません。だから、お刺身の注文を受けたホールの人間がしっかり覚えていなければならないし、大忙しの時は、コレが結構めんどうなものです。
 そして、店長が担当した骨せんべいに至っては、時々行き先不明で迷子状態になります。店長は、厨房に骨せんべいの注文を出すだけ出して、アッチのテーブル、コッチのテーブルとお客へご挨拶をするのに大忙しです。

 接客中の店長をよく見ていると、忙しい割には、若者グループの常連席に長居することが多いみたい……。ま、誰だって若いコと話すのは楽しいもンね。
 但し、厨房から届いた、店長自ら注文した骨せんべいを、運悪く受け取ったホール係は、どこのテーブルで注文されたものか判りません。結果、お刺身のありそうな各テーブルを眺めては伝票を調べて歩くはめになります……。
 で、その様子を店長が見つけたら、「何をやってんのッ、遅いわねえ。冷めちゃうじゃないの、さっさと運んでッ!」と叱ります。なンか不合理だよなァ〜……。


 この日は、早い時間から、商店街の店主らしき団体客が20名ほど来ました。
 厨房へ、まとめてドッと来る注文の多さに、新米の私には当然の事ながら手に余ります。
 調理長は、己のように早く動けないモタモタした私を見て、チッと舌打ちし、いらただしげにベテランO氏との交代を命じました。
 私はホッとして、嬉々としながらホールへまわります。

 商店街の団体さんは、一つのお座敷を占拠しての懇談会なのでしょうか。あとで小学生の子供たちも数人やってきました。
「すみません、お水ください」、「どうもありがとうございます」と、なかなかシッカリと親の躾が行き届いていて気持ちがいいくらいでした。
 でも、帰り際、「どうもお騒がせしました」と挨拶された日にゃ、「あなたも商店街の子として苦労してンのね」と、思わず言いたくなりました。

 ところで今日、私は、その商店街の宴会席のお客の前で、思わずウッと泣きそうになりました。
 灰皿を取り替えている最中に、私は手元が狂って、ウーロンハイグラスを倒しテーブルにこぼしてしまったのです。慌てた私は裸足のまま座敷を飛び出し、ダスターとお絞りを取りにフロアーへ行き、再び座敷へ戻ってテーブルを拭きます。
 倒れたコップから流れた氷やウーロンハイを、傍の2〜3人の中年の女性客たちが自分達のオシボリを使って、テーブル下に流れるのを防いでいてくれていました。
「どうもすみません。有難うございます」と、私。
 幸いなことに、お客本人にも、お客が座っていた座布団にもこぼれていなくて、本当にホッとしました。
―――ああ、これは自分で弁償だなァ……。
 私はそのグラスの持ち主にお詫びを言います。
「本当に申し訳ございませんでした。お客様がお飲みになってきたものと同じものをすぐお持ちいたします」
 私が何度も何度も謝っていたら、その中年男、
「ウーロンハイ、サワー、日本酒、それと…」などと、数種類の酒類を持って来いとぬかすのです。

「いいから、いいから」と、私に気にするなというふうに、まわりのお客が言ってくれました。すると、そのグラスの主は、
「いや、俺は小売業だから(普段からお客に頭下げてるし)、こんな時ぐらいは言わなきゃ、な」と、畳み掛けるようにぬかす(怒)
 まわりの客は、少し驚いて「そんなぁ〜……」と、私同様に言葉を失っています。

 いいからねと、何度もほかのお客に親切に言われている最中、私は不意に屈辱感で怒りがこみ上げてきました。
 理不尽な要求に、あやうく泣き出しそうになります。周囲のお客もハッとして私を見ているのが判ります。
―――泣いちゃいけない。泣いたら宴会の座がしらけて、お客が不快な気持ちになる……。
 私は、酔っ払いをなだめてくれた周囲のお客の好意に甘え、喉に熱い塊を押し込んだまま、次のオーダーの品を受け取りにその場を去りました。
 でも、厨房の入り口でドリンクを作っている、中国人女性のKさんの顔を見たとたん、つい、涙がポロリと流れてしまいました。
「お客さんに酷いことを言われて……」と、訴えるように言う私。
「気にしないで、頑張って」と、私より遥かに若いKさんが励ましてくれます。

―――コレが接客業なんだよ、こんな事ぐらいで泣くなんて、疲れているンだろうか。情けないなぁ……。

 そして、ホールのお客の入りが一段落した頃、私は、再び厨房に戻され、お仕事を始めました。いや、厨房で『焼き方』というお仕事をするというより、調理長の叱責(一種の八つ当たり?)を請けるのが私のお仕事か!?

 焼き台下の冷蔵庫に焼き鳥やほっけ、イカの一夜干しなど、その日に使うだけの量を貯蔵してあるのですが、常に不足しないように補充には気をつけておかなければなりません。
 急遽ホールに回されたあと、再び厨房へ戻ってみたら、5〜6枚あったはずのほっけがありません。
―――まずいッ、補充しておかなくちゃあ……。
 O氏が焼き台に居る間に、全部注文でハケてしまったのでしょう。
 その時、タイミング悪く、ほっけの注文が入ってしまいました。
―――ほっけのストックはどこにあったんだっけ……???
「あの〜Kさん、ほっけのストック場所を教えてください」
 慌てていた私は、カーッとなった頭で、忙しそうに立ち働くKさんに小声で聞きました。
 それを耳ざとく聞きつけた調理長が、
「未だ場所も覚えてないのォ〜ッ! 少なくなったものはすぐに補充しとくようにって言ってるだろッ。ったくトロインだからッ!!」
と、私を怒ります。でも、言い訳はできません。
―――Oさん、頼むから、焼き台を交代するときは、補充しないまでもストックが無くなった品ぐらい教えてよォ〜ッ(T_T)

 客足が途絶えたという事で、結局この日は、1時間も早くお店を上がりました。
 日曜日ということもあって、地下のお店から地上に上がっていくと、まだ結構人が歩いていてホッとします。ホールが忙しいと接客、厨房が忙しいと厨房、モタモタしていると怒鳴られ、再びホールへ。なんだか妙に慌ただしく悲惨な一日だったよ。

 お客が少ないとさっさとバイト時間を短縮して切り上げさせられる。いきなり入らされた厨房では、知らないと怒られ、質問すると怒られ、トロイといわれ続けてベテラン並みの仕事量を要求される……なんだかなァ〜……。やっぱ辞めようかなァ〜……。


7/8 月曜日 煙草休憩無し、トイレ1回OTOPへ↑

 次の文章は、昨夜、「俺を悪者にしろ」と言う家人と話し合った結果、バイトを辞めようと決めたあと、店長に渡す辞意表明のお手紙です。

※辞表のお手紙
 きちんと正確に口頭でお伝え出来ないので、文章にしました。
 昨夜、今朝と主人と話し合いました。
 せっかく温かいお気持ちで私のようなものを雇って下ったのですが、仕事を辞めさせて下さい。恩を後足で砂をかけるような辞め方をして、誠に誠に申し訳ございません。
…………中略…………
 主人が、夜帰ってくる仕事は即刻辞めろと申します。
 私は、不器用なのに何にでも夢中になる性格ですが、日曜日、やかんを火にかけたまま仕事に行ってしまい、帰宅した主人がそれを発見し、もう少しで危うく火事になるところだった、ぼーっとして家事がおろそかだと激怒しました。
 過剰な労働と激しいストレスで、10年数年前に病気をして6年間闘病生活を送っていた私の面倒を看てくれたことで、また病気になるのではと主人が心配してのことだと思います。
 昨夜、主人と口論している最中に、私が過呼吸(ストレスが溜まると息が出来なくなる一種のヒステリー状態です)を起こしたことも主人を怒らせる原因の一つにもなりました。
 このままでは、主人と気持ちのすれ違いで別れることになります(主人は人並み以上に偏屈で頑固な人間です)。正直言って、今回の事で主人とずーっと言い争っていることに疲れ果てました。多大なご迷惑をおかけして心底申し訳ないと思っています。
 どうぞお許し下さい。



 今日は夕方4時入りです。
 辞表片手に3時35分と早めに店へ行ったら、閉まったシャッターの前で厨房のおじさんK氏が、地下の店の入り口の階段のところで座っていました。
「鍵は、社長が持ってるんだよ」と、待ちくたびれた様子です。
 これはいい機会だと思って、彼に社員採用ですかと尋ねると、K氏は、
「俺…社員といっても初めから終わりまで居るし……」と口ごもる。
 ふ〜ん……、夕方
4時前に入って、閉店の明け方4時までお仕事して、週休1日だけが唯一のお休みなのね……。有給休暇があってもこのお店じゃ取りにくいだろうしなぁ。

 前、店長から、休む日の件で、自分の体力的に考えても週1回の休みは……と、私が躊躇していたら、
「あなたより年上の男性が厨房で働いているンだから、あなたも当然週一回の休みで勤務できるわよね」と、強い口調で言われたことがあります。
 その彼…K氏がぽつんぽつんと爪を切っています。
「私、動きも頭もトロイので、いつもKさんにご迷惑かけてすみません」と私が言うと、
厨房は狭過ぎるよね。料理長は働いてる人間を怒鳴りすぎだよ。
と、低い声でぽそぽそ言います。

 のろい、年寄りの癖に食器の扱いや冷蔵庫の開け閉めが乱暴……etc。
 調理長のK氏に対する罵倒の数々を今思い出しても、聞いている私のほうが頭に血が昇って、あの時は何か言い返したくなりました。

 私もしょっちゅう、調理長には言われています。
 仕事が遅い、耳が遠い(一つの品を夢中で作っていて、オーダーを聞き落とすことが多いので)、「日本語が通じないのォ〜ッ。目も悪いけど耳も遠いんだ」と、調理長は、よく私に言います。
 コノ日、結果、厨房内のトロイ年寄りは、私とK氏を含めて2人になりました(笑)。
(でも、料理長が何か罵声を言いかけた時、「すみません、目も耳も頭も悪いンです、私ッ」と元気よく言ったら、料理長は黙ってしまったっけ……)

「私も、しょっちゅう怒られてます」とK氏に言うと
「オーダーミスは、知らないうちに自分のせいにされるし、それで弁償もされる。何回分か給料から引かれたよ。バイトのコ達だって、客が少ないときゃ、さっさとバイトの時間を切り上げて帰すし、バイトも可哀想だよ」」
と、言います。
「私も、あれぇ〜?というようなことが、何度かありました。オーダーミスで店長から怒られている最中に、書かれた間違い注文の筆跡が明らかに私のものと違うので、抗議したら店長は黙ってしまいました」
と言うと、
コノ店では言い訳は利かないからね」とK氏は言います。

 そうこうしているうちに接客担当のH嬢が階段の上の道路ッぱたで煙草を吸っている姿を見かけました。
 私は、何気なく挨拶をしながら彼女の傍に寄って行き、コノ店の勤務年数を聞くと、1年半だと答えてくれました。
―――店が開店してから4年……。
「うわぁ〜ベテランじゃないですかァ」と私。
「コノ店は人使いが荒いし、経営者も異常だよ」と、彼女は吐きすてるようにサラリと言ってのけます。
―――じゃあ、なぜ辞めないの……。
 H嬢の制服に付けてある名札と、実際に呼ばれている苗字が違います。店長が「彼女はいろいろと事情があって逃げてるから、名前が違うのよ」と、前に言っていました。金か男か、何らかのトラブルを抱えているのかもしれません。

 K氏だって、あれほど調理長に罵倒されながらも仕事を続けているということは、自分のお店を潰したりして、何かで莫大な借金を抱え込んだのかもしれません。
 前に、K氏が、店長と通勤代について会話しているところを、通りすがりに聞いたことがありました。
 通勤手当は当然貰えることになっているのに、店長は、「定期は買ってもいいけど、領収書を貰ってきてね。定期代として会社から払います」と、例のハスキーな声で切り捨てるように言っていました。
「定期代を出してもらえるのは有難いです」とボソボソ言ったときの、薄く笑ったような少し泣き出しそうな顔で答えているK氏を思い出します。
もしかしたら、コノお店に勤める前は、路上生活の経験があるのかもしれません。
 
 お金が無いということは、そこまで卑屈にならざるを得なくなるのでしょうか。その時は、ただでさえ男性としては小柄なK氏が、ひとまわり小さく縮んで見え、見てはいけないものを見たような気持ちになり、少し哀しかったです。

 店の鍵の持ち主、手には大きな荷物を持ったオーナーである調理長と店長ががやって来ました。当然のようにその荷物をH嬢に渡し、自然に受け取るH嬢。ふーん、息もぴったりじゃん。
 4時10分前の入店に、慌てて制服の身支度をして、タッチパネルのタイムカードを押すと、4時ジャスト……。1分でも遅れると30分の遅刻になるンだぜ。いくら早く来ても、鍵が開かないと店に入るのが遅くなり、身支度が遅れて遅刻の可能性大。これって……。

 開店準備が終ったあと、私が辞表もどきお手紙を店長に渡して間もなくの事です。オーナーと店長は、怒り狂っていました。
こっちは850円も時給を払っているのに、それだけの仕事をこなしていないッ!!」
と、私に向かって、オーナーである調理長が怒りに怒ります。
 私と調理長の、そんな様子を遠くで眺めながら、中国人グループはダンマリ……。

アンタのその年じゃ、ほかでは雇ってもらえないんだろう? 俺は、アンタに仕事が無いのは可哀想だと思って5人も面接に来たのにほかを蹴って、俺がアンタを雇ったのに……。だから旦那さんの方は大丈夫かと最初に聞いたのに…。また募集をかけなくちゃあ。アンタを採用した俺は、店長にも俺の顔がつぶれた。募集をかけるのだって金がかかるんだぞッ!!」
と、厨房の中で、俺が、俺がと、いつもより色々と私への叱責が飛んで来ます。
 ふ〜ん……可哀想って!? それって、時給850円さえ払えば、私のことを下僕の如くこき使える……と思った訳なのネ(怒)
 ド素人同然のバイトの人間に、厨房何十年の調理長と同じ仕事量の働きと動き方を、時給850円で要求するなよッ(怒)。
 しかも、厨房に入ってまだ3日半だよ。


 厨房器具の扱いも知らなきゃ、食材の場所だって知らないンだぜッ。で、いちどきにドッと注文がきて、作業が遅い、850円の時給を払う価値がないと怒鳴られても……
 結局その日は、「亭主に殺されるから」と、調理長から嫌な顔をされながらも、午前零時に店を強引に上がらせて貰うことにしました。
 しかし、厨房のおじさんK氏はそんな私を見て不機嫌そう……。私が何を言っても聞こえないふりをしています。
―――ゴメン、私が大ザルいっぱいに玉ねぎを切る予定だったのに、ほかの作業で1/3しか切れなかったもんね。でもぉ、時間で働くバイトの私に怒ってもぉ〜……。

 帰り際、店長は、話し合いというより畳みかけるように、新たに募集をかけるので今月20日まで働くことを要求して来ました。
「明日はOさんがお休みだから、大丈夫よ、ねッ?」
 もし、それがイヤならこれまでのバイト料を払わないぞ……と暗に脅しをかけています。

―――確かに急に辞めるのは乱暴な話だ。厨房、ホールとオールマイティーな、ベテランO氏が明日お休みなら、厨房もホールも人手不足になる事は判っている。少なくとも絶対に明日は休めないぞッ……っと。
 しかし、先日、厨房から突然遁走した男たちは賃金を払って貰えるのだろうか……?

 でもさァ〜、突然辞めてしまうのがバイトだぞ。身分保障もなければ、労働量+様々に罵倒される精神的苦痛に対して、850円という賃金だって安いじゃん。
 調理長としては、注意を促しているつもりなのでしょうか。コノ調理器具は10万円、アノ器具は一個3千円……etc。
 私が初めての器具を扱うとき、必ず、「アンタには、まず払えないでしょう」と調理長は言います。
食器を割ったら弁償。オーダーミスも給料から天引き……。それだって面接のときに一切説明も聞いていません。
(実際のところ、注文を受け料理を運んだあと、運びましたというチェックを入れていない事が、店長もバイトも多々あります。で、気がつけば、結構、新米の私のせいになっていたのね。うーむ……)


 ところで、昨夜、帰宅してトイレに行って気づいたんだけど、昨日のバイト中は、一度もトイレに行ってなかったヨ。
 9時間も、確実にトイレに行っていなかった…行けなかった?…私のおしっこは、見事なコーヒー色だったのです。
 ホールに回され接客したり、客足が安定して来たら厨房に回されたりして、忙しい時の猫の手状態の新参者の私としては、滝のように流れる汗が出ても、余裕がなくてとてもトイレへ行ったり、水分補給などできましぇ〜ン。
 今日は今日で、開店準備で1時間内に店内掃除や食材運びで動き回ったり、開店早々団体客やグループ客が大挙して押し寄せて来て、接客が追いつきません。
 それでも、今日の私は、昨日の脱水状態を反省して、調理長の叱責の嵐の中を、エイヤッと気合を入れ、意識的に水を3回飲ませて貰いました。トイレだって、たとえチョロリとしか出なくても1回行ったし、ね。

 募集をかけて後釜との引継ぎを終える予定の、お約束の20日まで働くけど、根性無しの私、それまで持つでしょうか……。
キレルかも知れない自分が恐いーー。

※切れない包丁
 厨房には、調理長が使うマイ包丁以があります。私は、調理長専用の包丁を二度ほど間違って使い、調理長からこっぴどく叱られました。
 そして、出刃包丁や柳葉包丁以外は、2本の万能切り包丁しかありません。
 しかも、そのうちの一本は、先っぽの1/3の刃が磨り減った上に曲がっています。太い大根を真っ二つに切っても見事に斜めに切れるという包で、おまけに包丁の赤錆が野菜の切り口に付くという酷いシロモノです。
アンタ、主婦なのに大根一本切れないのかッ。大根に赤錆が付くじゃないかッ
と、調理長に叱られました。その時は、その切れない包丁しか空いてなかったのです。
 K氏が使っていないときは、切れる(それでも切れ味は普通)包丁を使っています。K氏と交代で使用する訳です。

 ところが、ベテランO氏が厨房に居るときは、「これは俺が使うから、そっちの(切れない)包丁を使ってよ」と言われてしまいました。
―――きゅうりの千切り、ネギの千切り、山のように切るものがあるのにどーすんだヨォッ(怒)。
 おにぎりを握り、サラダを作り、焼き鳥を焼いている間に、焦げないように焼き台を睨みつつ補充する野菜を切る……頭の中はパンクしそうです。
 さすがに切りにくそうだと思ったのでしょう、空いているときは使っていいと言うO氏から許可を貰ったときは、本当にホッとしました。

※厨房の怪我
 厨房での怪我って結構あるらしい。
 でも、それは慣れない私のような新米がバイトがやるのでしょう、きっと……。
前に金串を扱いなれない人が、その金串で傍に居る人を骨まで突き刺した事があったので、アンタも気をつけろ」
と、調理長は、何度も何度もコトあるごとに私に注意します。

 だったら、いくら人手不足といっても、私のような素人で、いかにも粗忽そうな、厨房に慣れないおばはンバイトを使うなよォ〜ッ。

 宴会料理の準備中に包丁で手を軽く切ったらしいベテランのO氏。しかし、すばやく水道の流水で傷口を洗い、何事もなかったのかのように仕事を中断することなく料理を作りつづけていた。おお、プロだよなぁ。
 しかし、私の場合……。
 焼きものを担当した日から、慣れない熱い金串を扱って、左ひとさし指と右親指のそれぞれの先端に火傷で小さな火ぶくれを作ってしまいました。厨房の動きに慣れない私は、火傷、包丁での小さな切り傷、大根のツマ専用のおろし金でのすり傷など、粗忽な証明は数限りあります。
 バイトから帰った夜、指先を消毒してバンドエイドで一晩巻いて、翌日のバイト中は邪魔になるので外します。潰れた水泡の上から新しい水泡を作ったりもします。
 ま、それも2日もしたら火傷も切り傷の数もぐっと減りました。コレって、少しは慣れたって事!?

 それでも調理中のキムチの汁や魚の塩は、傷口にしみる。グェッとなるくらい痛いので、その都度、水道の水で傷口を洗い流しながら作業を進めます。
 食材の出し入れの際、狭い厨房の角でアッチコッチぶつけて青痣を作るのは日常的にすらなってきます。
 調理長は、調理台下の冷蔵庫から食材を出すときは、ちゃんとしゃがんで一旦全部出してから目的の品を出せと言い、ベテランO氏は、いちいちしゃがみ込まずに中腰の姿勢でサッサと出さないからぶつけるのだと言います。ウーム……要は、厨房内がいかに狭いかって事だと思うぞ。
 サラダ用のネギやきゅうりを大量に切っている時、突然左手の親指から手首にかけて筋がツッたことがありました。忙しい最中だったので、まな板の上に左手を置いて、右手で強引にツッた指を伸ばして作業を続けました。普段の私からは考えられない事です。
 ツッた痛みより「遅いよッ、お客さんが怒っちゃうヨッ!」という、いつもの調理長から飛んでくる怒鳴り声のほうが勝ったのネ。


7/9 火曜日 実働8時間 煙草休憩無し トイレ1回 TOPへ↑
 日、月、火と続いた、夕方4時入りの早出も今日までです。
 でも、登校拒否の子供じゃないけれど、私は、バイトに行きたくないので、意識的にエイヤッと早めに家を出ました。
 一旦、家を出たらもう前に進むしかありません。
 で、もって、近所のドトールで、行きたくない気持ちを立て直すために暫しボーっとするのです。それでも今日は、気持ちを引き立たせることが出来ません。
 少しは、イイ事探しをしようと思い立ち、20数年前、私が今まで仕事をやってきて辛かった仕事内容をメモ用紙に書き出してみました。
 こンだけ辛かったンだから、今の仕事はたいした事じゃないよ……ね。


※昔、体験した私のきついバイト
日本橋にあるレストランと隣にあった麻雀屋のホール係
レストランと麻雀屋は同じ経営者だったので、両方のホールを担当していました。朝の11時〜夜の11時までの、12時間バイトでした。混んでいるランチタイムは忙しいけれど、慣れればどーって事ありません。
問題は、麻雀屋のホール担当の時です。
近くの商社で、最前線仕事にあぶれた商社マンは、昼間っから麻雀卓を囲んでいるのです。その時、日頃の憂さを晴らすかのように私に投げつつける暴言の数々。
一流と世間が見る商社マンにとって、レストランで働くウェートレスは、人間の部類に入っていないのです。ホール係は、彼らの視界に人間として映っていなくて、居るけれど居ないのです。つまり、自分たちの用を足してくれるロボットのようなもので、彼らにとっては、私たちにはイエス、ノーなどの感情を持つことなどは考えられないし、持っていてはならない存在なのです。
業界新聞の記者。
取材先で詐欺師を見るような目で見られた事があります。
確かに、胡散臭い新聞ではあったけれど、別に取材者に金銭的被害や精神的な苦痛をを与えている訳ではありません。
ただ、お祝い事のインタビューをしたかっただけなのです。おばあちゃん役の女優さんで、子供の頃から映画やテレビを観て親しみを持っていただけに、汚らわしい者でもいるかのような扱いに哀しかったです。
アニメ月刊誌作り。
平均睡眠時間2時間の状態で、昼間は取材で動き、夜中はそれを記事にするための原稿書きをするという、とんでもないハードスケジュールが、毎月集中して一週間近く続きました。その頃は、極限状態の睡眠不足の中で、私の顔色は悪く、手の甲までどす黒い土色になっていました。
有名なアニメ監督に取材中、相手が電話で中座して戻って来た時、睡眠不足のため集中力が切れ、一瞬フッと取材内容記憶が途切れてしまいました。
「えーっと、どこまで話したかな?」と聞かれ、すぐに答えられなかった私は、彼からの刺すような蔑視の目が、言い訳も出来なくてとても切なかったです。
Qツー電話用のシナリオライター。
エロエロな10分間シナリオを何10本も書いていました。猥談すら苦手の私は、回を重ねるごとにエスカレートさせなければならない事が苦痛でした。それでも締め切りになると、エグイ内容を無理やり創り出すイヤさに、ゴミ箱を横に置いて吐くものが無いので胃液を吐きながら書いていました。


 ウーム……。その当時の自分の周辺環境や、働くという意識内容は、今と多少違います。
 今のバイトでは、雇用主から“哀れみ”を抱かれ、雇用される側のバイトが“底辺で働くっていう意識を持たなければ”働けないというのは、よ。
 いやぁ〜ん、少女パレアナみたいに“イイ事探し”が出来ないヨ。やっぱ今回のバイトは、今までやったお仕事の中でも、一番最悪だ。嗚呼……。
 でも店長と約束したんだもん。頑張って行きましょう(T_T)

 夕方4時入りで、15分早く行ったらお店がもう開いていました。
 今日はベテランO氏が店を開けたのかな? 昼間に水道工事らしきものがあったみたいだから、それで早くから店の鍵を開けていたのかも……。ホール係りのH嬢もせっせと働いています。
 私も制服に着替えて厨房入り……。どうも今の私のパートは厨房らしい。
 私は覚えが悪いのか、毎回、数の多い食材の仕分けが判らないまま、怒られながら指示された所定の位置へせっせと食材を運びます。
 そして、緊張のためか力仕事のためか判らないけれど、毎日流す滝のような汗……。

 ところで、開店準備の食材運びの最中、ボイラー室で、前から不思議な存在だった老女が居ました。
 彼女は、いつも開店準備中に現れ、入り口の地蔵尊にお神酒を上げていたり、何気なくそこいらを雑巾がけしていたり、万事動きがのんびりしています。
 初めて見かけた時、よくオーナーが怒らないもンだと思っていたほどユックリしたお仕事ぶりでした。そして、開店と同時に、老女はいつの間にか消えていました。私は、てっきり開店準備担当のお掃除係と思い込んでいたのです。

「もしかして調理長のお母様ですか?」と尋ねると、
「ま、そんなようなモノね」と言います。
「いつも緊張してしまうので、調理長にはご迷惑をおかけしています」と私。
「のんびりやるのよ。緊張する必要はないわよ」と、ご母堂はオットリした口調で言います。
 開店準備の時間、彼女は、気分?でやりたい事をやっています。
 先日、私がフロアーを掃き掃除して乾いたモップで拭こうとしていたら、ご母堂が、向こう側から濡れモップで、せっせと拭いていました。
 ゴミが床に残ってしまう事なんて無視……。あの〜……これって、もう一度同じ所を掃く事になるので、もしかして……二重手間!?
「あ、ワックスをかけているので、濡れたモップで拭くのは……」
と、
怒りを押し殺して言う店長。

「あら、そうなの?」と、ご母堂。
 これがバイトのだと烈火の如く怒るのは火を見るより明らかです。

 今日は厨房のおじさんK氏がお休み。で、昨日お休みだったO氏がキビキビ動いていました。
 本日は、コースの宴会が一つ。グループの飛び込みが二つぐらい? 厨房内で下働きふうに動いていると、外…ホールの動向がイマイチ掴めません。新米の私にとって宴会料理は、蚊帳の外状態で、O氏と料理長が神経をピリピリさせながら作ってます。
 私は、それ以外の焼き物をせっせとやるのみです。しかし、それでも今日もひたすら怒られっ放しのお仕事時間でした。

 開店間もない頃、深谷ネギを持ってきて先端の青い部分を切って野菜箱に入れるよう、調理長に命じられました。
―――青い部分はどうするんだろう? これがラーメン屋ならスープを作るのに最適なんだけどなァ……などと、不注意にも何も聞かずに捨ててしまいました。

 たぶん、今までの経験からして、聞いたら聞いだけで怒られると思い、それがイヤさで尋ねなかったのも半分あります。
 それと、私は九州で育ったこともあり、深谷ネギの青い部分は煮るものであって、生で食べるものでは無いという思い込みもありました、実際、私自身、生で食べるのも嫌いだし、食べることが出来ません。
 あとで、薬味用のネギを切れと言われたとき、思わず正直に、
「青い部分はゴミ箱に捨てました」と、言って、当然の事ながら調理長に烈火のごとく怒鳴られてしまいました。
「限りない資源は大切にッてゆーだろーッ!! おかーさんよ、アンタは主婦なんだろう。そんな不経済な事してたらお金なんか貯まらないよ。よく主婦やってられんなァッ。これで時給850円かッ!!」
 確かに不経済でお説はごもっともな事です。私は、慌ててゴミ箱を掻き分けて青ネギを拾い出して洗い、薬味用に細かく切ったあと流水でザル洗いをしました。

 そのあと、焼き物関係の食材チェックをしていたら、野菜焼きの串がありません。
 しし唐、長ネギ、しいたけと、私は調理長に言われた串の本数分のみ野菜を切ってせっせと串に刺します。
 その時、皿洗い担当の中国人のRさんが、洗ったお皿類を各持ち場に運んで来ました。
 彼は、私の傍を通り抜けるとき、何気なく無言のまま、指で差して教えてくれようとしています。
「……!?」
 彼が指差したほうを見れば、野菜焼きの串に、しし唐が一つ刺し忘れてあったのです。
 有難う、Rさん! これが調理長に見つかったら、失敗した私はもちろんの事、教えてくれたRさんも私と一緒に怒られるのは目に見えています。私は、声を出さずに「ありがとう」を唇のみでお礼を言います。
 しかし、厨房内、ホール内でも、私自身が慣れないという事もあるけれど、もっぱら調理長や店長の叱責が私に集中しているので、みんな、大いに助かっている人は多いはず……!?

 焼き物関係の注文が途切れた11時頃、私はさっさと焼き台をバラして洗い始めます。
 午前零時を過ぎる頃、ホール係のバイトNさんや、ドリンク係の中国人女性Kさんが「お先に失礼します」と厨房に挨拶に来ます。
「12時に帰れる奴ァ、いいよなぁ。どんなに仕事してたって、途中切り上げてサッサと帰っちゃうもんなぁ」
と、さも無責任だと言わんばかりに聞こえよがしに大声で言う調理長。

―――おいおい、時間で使っているバイトに文句言うなよッ、アンタは経営者だろうがッ!

 昨日は、午前零時でバイトを終わりたいという私の強硬な訴えに、「これから客が混むかもしれないのに…」と、ブツブツ店長に文句を言っていた調理長でした。が、それでも今夜は、ほかのバイトの人たち同様、午前零時過ぎになると上がらせてくれました。


7/10 水曜日 実働2時間 煙草休憩無し トイレ1回TOPへ↑
 今日は、昨日までの4時入りと違って、1時間半も遅くゆっくりの夕方5時半入りです。
 でも、登校拒否気分は益々募り、自分で自分の感情を持て余します。
 20日までなんだから、あと少しじゃない……一生懸命に自分で自分を励まし、早めに家を出ました。それでも途中、ドトールへ寄り道して、改めて気持ちを整え、勢いをつけ店に向かいます。
 誰か親しい友人に、電話で「行きたくないヨォ〜」と小さい子供のように“泣き”を入れたいくらいです。でも、これは私の問題……。
 足はお店の方向へ進んでいるけれども、気持ちの方は相反してとぉ〜っても落ち込み、モノスゴク泣きたいよォ〜……。
 今日は夜中に台風が上陸するとテレビのニュースで騒いでいたっけ。お客が来ないといいなァ〜……。
 バイト先のお店は、地下にあります。ずっと前に地下街に水があふれて水死した事故があったよなァ〜と、店に向かう道々、変な事ばかり思い出して益々憂鬱になる私です。

 結局、5時半より15分前に入り、身支度して5分前に仕事開始。
 厨房のおじさんK氏の補助で野菜切りなどをしたあと、ベテランO氏に言われて、冷凍庫より持ち込んだ焼き鳥類を、焼き台下の冷蔵庫の中へ補充します。
 厨房に入った時、焼き台の横に蓋の無い扇風機が置いてありました。きっと何か理由があって、たまたまソコに置いてあるだけだと、私は軽く考えていました。
 台風上陸の情報のせいか、お客はほとんど居ません。
 調理長も未だ店に来ていないこともあり、そこそこ穏やかに調理の下準備は始まりました。ホールには、見かけない学生風の男の子が,ホール用の茶色い半纏のような制服を着て立っていました。どうも新しいバイトが入ったようです。
 調理長が厨房に入ったとたん、叱責第一弾が私に飛んで来ました。
「なんで扇風機が蓋のないままソコにあるんだよッ。一時間半もたっているのにそのままかッ!? えぇ〜ッ、何でだよッ!!」
―――え、これってもしかして焼き台で汗をかいている私のためかァ〜? …まさか!?

 調理長から、中国人のRさんへ「倉庫にしまえ」と怒鳴ります。が、彼は、意味が理解出来なかったらしく、合わない蓋を紐でくくりつけて、改めて持って来ました。
「何やってんだよぉッ。何でまた持ってきたんだよッ」と、Rさんを怒ります。
「倉庫に片付けてって…」と、私が小さな声で彼に言うと、「アンタが教える必要は無いッ」と、今度は私が調理長に叱られてしまいました。

 結果、厨房のK氏が床を這いずりまわって電源を入れてくれて、私の横で扇風機は回っています。
 扇風機の風は、何故か作業する私の背中を流れていくだけです。

 正直なところ、私にとってはありがた迷惑です。私は、焼き台の熱さにも慣れてきています。それに、たださえ狭い場所の焼き台の前なのに、酷く動きにくいし、かえって扇風機の存在が邪魔なのです。
 扇風機の後ろには、小さな流し台があり、そこで金串やダスターを洗ったりするのですが、
「扇風機に水を飛ばさないでッ。電気が流れてるんだから、そこの電気が止まると、店全体の電気が止まっちゃうんだよ。判るッ?」
と、調理長の新しい叱責が飛んできます。

―――それじゃあ、焼き台横の流し台は使えないじゃん……(T_T)

 そうこうしているうちに、ナスやきゅうりの一本漬けや冷奴の注文が入って来ます。その注文をこなしていたら、今度は、新たに海老の塩焼きやししゃも、めったに注文の無い鮎の塩焼きなどが次々に入って来ました。ご飯ものと焼き物がいちどきに注文が入ると、未だ慌ててオタオタする私です。
 ふと見れば、調理長が金串に刺した鮎を焼き台に乗せてくれていました。それはそれでとても感謝です。
 実は、私は、自分で鮎を金串で刺したり、塩をふって焼いた事が一度もありません。鮎を塩焼きにする時は、薄皮で肉がもろくて崩れやすいために、鮎の注文が来ると、O氏やK氏に、形良く金串で刺して貰ったり、上手に塩ふりをして貰っていました。おまけに、鮎がどこに貯蔵されてあるのか、場所すら知らなかったのです。
しかし……、
「さっさとししゃもや海老も焼かなきゃッ!」と言われ、それらを金串に刺していたら、
「鮎の塩はふったのかッ」と、畳み掛けるように聞かれました。
 え、やっぱり未だふってなかったのか……しかし、これで私がふっても塩のつけ方が気に入らないと怒るだろうなぁ……。今まで何をどうやっても怒られていたし……。
「未だです」と、正直に言うと、再度、調理長が怒り始めました。
「アンタ、何回鮎を焼いたンだよッ。まったく覚えが悪いな。いつまでたっても仕事を覚えないし、こっちは金払って仕事を教えてやってんだよッ! おまけにすぐ辞めたがるし……。ウチのように、金を貰って、親切に仕事を教えて貰えるようなところがどこにあるんだッ。また募集するのに金がかかるじゃないかッ!!」
 調理長は、自ら鮎に塩を振りながら、だんだん細かいことを言い始め、最後には賃金泥棒のようなニュアンスまで言いだしました。
―――ううッ…キレルのは、今か?(厨房が見えるところに客も居ないし、お客にお店のイメージを悪くする事も無いし……)
 よし、今度、何か難癖つけてきたら、絶対に頑張ってキレテやるッ!!


 私はわざと調理長に見えるように唇を噛み、両こぶしにしてギュッと怒りを抑えたふうに装いました。実際のところ、私はいつも以上に、かなりムカついています。
 私は厨房専門職じゃないし、調理長を親方として厨房仕事を習おうとしているわけでは、絶対に無いッ。
 私は、時給850円の単なるアルバイトだッ。
 だいたい、素人のバイトが調理長と同等の技量で2〜3日の間に完璧にマニュアルをこなせる訳ないじゃんッ!!

 3〜4組のお客は、奥のほうのテーブルかお座敷にいる様子です。台風が関東圏に上陸するということもあって、ほとんど客足がありません。
 ちらりちらりとそんな私を眺めていた調理長です。ところが突然、
「台風が来るし、帰り道に大雨で怪我でもされちゃコッチがたまんないから、7時半で帰っていいよ」と、きたもんだ。
 実働2時間……!?
 これで何度目だ。客足が遠のいていると、必ず早く上がらせるか、1時間の休憩を取らせようとする。でも、とにかく今は、帰れる! バンザ〜イッ♪

 いそいそと帰り支度をしている私を見た主婦パートで、
「え、もう帰るの?」と寄って来ました。
「うん、台風でお客さんがあんまし居ないし…」と私が言うと、
「私も今日は早く上がらせて貰おうかしら」と言われてしまったヨ。
 う〜ん、たくましいなァ……

 明日は私のバイトがお休み。
 お店の制服は、各自が家に持ち帰って洗濯してくるのが慣わしだと、店長が言ってたっけ……。しかし、厨房の制服は確かクリーニングに出していたような……?
「明日はお休みなので、厨房の制服を持ち帰って洗ってきますが……」と、それでも半分尋ねる気持ちを込めて、何気なく店長に言うと、「はい、そうしてね」…だって。
 結局、ホール用の制服と個人の黒いズボン、厨房用の制服と前掛けを持ち帰ることになりました。
 帰り際に、置いていたはずの私の水色の傘が、どこを探しても無い? 早い時間に居たホールのH嬢の姿が見えない。彼女が持って行ったのかァ〜???
 
この雨ン中、私はどーすんだよッ(怒)!!

 自宅へ帰り、即、制服類を洗濯機に放り込みます。
 うーん、調理長の言葉を思い出すだにムチャクチャ腹が立ってきたぞッ。
 あと10日間もアノお店でバイトを続けるなんて、とてもたまンないよォ〜……。
「私は賃金泥棒じゃない」と言って、やっぱ辞めちゃろ〜か……!?

 しかし、お客にはスゲー愛想がいいのに(当然か…)、何故、あそこまで店長も調理長も仕事中は、いつも不機嫌なんだろう???
 夕方4時前から明け方4時まで、雑用を入れても12時間以上働きづめのオーナー達……。
 忙しいとイラつき、客が少ないとイラつき、蓄積された疲労感とストレスを、社会の底辺に働く人間(と、勝手に当人たちが思っている)を見下し、八つ当たりすることで肉体と精神のバランスをかろうじて支えているのかもしれません。
 特に、調理長は、今まで上下関係でしか人間関係を築けなかったのかも……。人間は対等である、という事など彼の頭の中まったく無いのでしょう。

 結局、私は一晩考えた結果、バイトを辞める事にしました。お休みを除いた正味12日間の短いバイト期間でした。
その間に知ったことは、
年をくった人間は、底辺で働かせていただく事を感謝しなければならない』
という調理長や店長の主義主張
でした。

 雇用関係はあるにしても、この不景気の世の中では、対等な気持ちを持つことや、長く生きてきた分の経験や価値観すら蔑視の対象でしかありませんでした。つまり、彼らの生きてきた体験(特に辛かった事や苦しかった事)以外は、何の価値観も無いのです。しかし、バイトをする人たちは、人間の尊厳すらも持つ事は許されないのでしょうかーー。

※FAX辞表
 7/20までつとめるという口約束をしたものの、私自身、考え抜いた結果、無責任を承知の上で7/10付にて御社のアルバイトを辞めさせていただきます。
 私は、厨房内での、これ以上の罵倒と叱責に耐えられません。
 常に、根性が無いとか、年寄りでトロイとか言われ、あげくに賃金ドロボーまがいの事まで言われては、体も心もついていけません。
 洗濯した制服は、お店へご返却に伺います。

※そして、辞めるとき……。 TOP↑
      ……まだ後日に……^_^;