●食い意地旅行記 屋台の飯はうまかタイ  2001.春 その2  

3/6  火曜日
13:15発のチェンマイ行きの飛行機に乗るために国内線の空港までメータータクシーで
行く……つもりだった。ところがーー。
チェックアウトを済ますと、フロントの旅行案内コーナーのところでオヤジ
が、「リムジンタクシーなら呼んでやる」と親切そうに言うので、メーター
タクシーのつもりで頼んだら、なんとハイヤーだった。

チップはいらないとヌかす。ヌかすはずだよ、500Bだよッ!(怒)
バスなら100B、メータータクシーでも200B弱……。
ボ〜ッとしてシッカリ確認しなかった私も悪い。
玄関脇でボケーッとしていた初老の運ちゃんが、客が来たと判ったとたん、
あまりにも嬉しそうに運転席に乗り込んでいくではないか。
あー、運ちゃんの本日のアガリが出るし、フロントの案内オヤジの手数料にも
なるンだなー…と、つい気弱になった時点で私の負けなのさッ。
しかし、腹立つなぁーッ!!
で、いざ飛行機に乗り込むときに、手荷物チェックのところで私のリュックが
検査にひっかかった。原因は判っている。リュックに突っ込んだコンビニで
買った果物ナイフだ。ジャワフトモモの皮をむくのに便利な刃渡り15pほどの、
安っぽいペラペラした16Bのナイフだ。
アバウトなタイ人の国内線だし、ま、いいかァ〜…ってな軽い気持ちで持ち
込んだものの、何故か手荷物に関していやにチェックが厳しい。
表情もニコニコと説明するが、目だけは笑っちゃいないタイ人の若い警官……。
私は、16Bもしたナイフなのにィ〜…と思ったけど、その厳しい目に負けて
ナイフを放棄した。
(これは後日判明したコトだけど、前日に首相夫人と側近が乗る予定だった
チェンマイ行きの飛行機が、ドン・ムアン空港で何者かによって爆破され
たのだ。もしかして私、テロと間違えられそうになったの……ひぇぇぇッ


実は、チェンマイでの宿泊先は、PORNING HOTLと決めていた。
タイ初日、私は、バンコクセンターホテルの夜中のノック連打事件に懲り、
チェンマイでの安いゲストハウス泊まりを諦めたのだ。
(理由が判ってしまえば何でもない事だが、アレは本当に怖かった)
チェンマイの滞在期間は、私独りで泊まるんだから、とにかく最低限
セキュリティーのしっかりしているホテルと、アレ以来、心に誓ったのだ。
ナイトバザールが目の前というこのホテルは、去年の夏、家人と一緒に
数日間泊まったことがある。あの時は確か、ローシーズンとかでディスカ
ウント料金の朝食込みのツイン900B……。
しかし、『地球の歩き方』では1800B〜とある。しかも、今回この時期は
タイのお正月ソンクラーンに向けてのハイシーズン。
予定では、かねてよりEメールでの打ち合わせどおりに、今日から家人と合流
するつもりだ。
しかし、飛び込みで行って、英語やタイ語でフロントと割引交渉するほど私が
喋れるワケが無い。
ーーー去年、私は、このホテルに泊まったことがあります。3/6〜3/27迄、滞在
したいのです。朝食込みで、どうぞ安くして下さい。尚、数日間サーミーも
一緒に泊まるのでツインをお願いしますーーー。
……と、いった具合にタイ文字で紙に書いてフロントに出して、あとは
出たトコ勝負のタイ語で交渉するつもりでいた。

このタイ語の文章は、前夜、寝る前に必死でタイ語の辞書とにらめっこして
急遽作ったメモだ。いやぁー人間せっぱ詰まると色々思いつくもんだねー。

PORNING HOTLの、タイの民族衣装を着たフロントの若い女性にメモを見せる。
すると、奥から一見若いけれど落ち着いた雰囲気の女性が現れた。ぱりぱり
に糊のきいた、白い襟を覗かせた紺のスーツ姿のチーフマネージャーだった。
彼女は私のメモに、笑いながら綴りの間違いに赤字を入れていく。
うーん、文字の間違いはあったけど、とりあえず意味は通じたみたい……。
結果、私1人の場合は1,100B、家人と2人の場合は1,300B。新館20階建て
の14階で、約30%オフだ。
(前回泊まったフロント側の5階建ては、窓が開いてアリンコもくる旧館だが、
景色もちょっと悪くて、1人900B、2人で1,100B)
 
コノ私がタイ語で交渉するなんて、なんだか大仕事をしたようで、
スゲー気分イイよぉ〜
部屋は、チェンマイ市内を一望でき、ナイトバザールのクーポン食堂も丸見え。
この新館の中庭にはプールがあり、社会をリタイアしたようなファランの
老夫婦グループが泳いでいる。東洋人は1人も見あたらない。
うーむ、プールはファランの天下か……。
その時、家人の携帯電話から連絡が入った。今夜はランバーンに一泊すると言う。
ま、いつだって家人の予定は未定で決定じゃないし、別に私は慌てないさッ。
(一年前、タイからバリ島へ行った時にゃ、一晩だけという約束で私をホテルに
放り込んだまま、家人は白いトドと2人して3日間帰って来なかったし、慣れ
てるもンねー。雨期のためか、3日間夜中になると雷雨が酷かったけど、私、
平気だったもんねー)
フロントにそのことを告げると、宿泊費から家人の朝食一食分の200Bをひいて
くれると言う。ちょっとお得感で嬉しい。

とりあえず私は、ホテル近くのナイトバザールの通りをマーキングして歩く。
ナイトバザールの屋台群は、まだ日が高いので殆ど出ていない。
東京堂でバンコク週報85Bをレジで支払っていた時、邦人向けの無料配布の
チェンマイ新聞を発見。確かこの新聞は、半年前、チェンマイを発つ前日に創刊
だった。へ〜…生き残ってたんだァ〜…良かった良かった。
なんか急に嬉しくなり、メチャクチャ頭の中がピザ食べたい思考になった(!?)。
で、近くのファラン向けのピザ屋に入り、マルゲリータ110Bとコーラ25Bを注文。
え? 分厚いピザ皮、少ないチーズ…!? 
安っぽい冷凍ピザの味…パリパリ薄皮のマルゲリータのイメージが……(^_^;)
テーブルを見れば、え〜、何ィ〜、灰皿が置いてあるじゃない〜♪ 
…てことは煙草していいのォ〜♪
冷房の効いたお店の中で喫煙がOKなんて珍しいので、即いっぷく……。
2つ離れたテーブルで、中年夫婦のファランが露骨にイヤな顔をしている。
でも、灰皿が置いてあると言うことは喫煙してもイイって事だもんネー。だから
吸っちゃうもんネー。
そこへ、くわえ煙草の酒焼け赤鼻のファランが入ってきた。40男の彼の姿を見て、
私は妙に納得した。煙草を吸う姿や、酒で身を持ち崩したような、ヨレヨレのポロ
シャツを着ている姿は、妙に不潔な雰囲気を漂わせている。
ファランにとって煙草は悪害もあるが、煙草を吸う行為自体が下層階級のイメージ
があるのかも知れない。

ピザ屋で贅沢したので、後は食費節約のためにコンビニへ。
氷9B、ちびちび飲めて炭酸の抜けにくい小さいペットボトルのコーラ16B、ロング
ソーセージ15Bを買い込み、部屋に戻る。
シャワーを浴び、TVを観ながら、コーラ割メコンを呑み辛いソーセージをかじる。
ベッドに転がって新聞を見る。
何ッ! ミャンマー軍とタイ軍が国境沿いで戦闘中…!?
日本大使館からのお達しで、観光客はメーホーソンやチェンマイ、チェンラーイへの
旅行を見合わせるようにと書いてあるではないか。

おいおい、もー来ちゃってるよォ〜私ィ〜……。
さあ眠りましょうとベッドに入って目をつぶるけど、ミャンマー軍がこのチェンマイ
まで攻めてくる図がリアルタイムな感覚で迫ってくる。
昔、千葉のほうで虎が逃げた事件があった。その時も、当時独りで住んでいた荻窪の
一軒家の私の家に向かって、逃げた虎が環状7号線をひた走りに走ってくるような図
を想像して、何日も眠れない夜を過ごしたことがあった。
ーーこの夜、小心な私は、睡眠薬を飲んでも幾度となく寝返りを打つばかりで、
ズーッと眠れず、眠ってもすぐ目が覚めて本当につらかった……。


3/7 水曜
朝になって眩しい朝日を見ていたら、ミャンマー軍の侵入事件への不安が嘘のように
解消した。考えてみたら、もしチェンマイがミャンマー軍によって陥落したら、日本で
大阪や札幌がやられるようなモノで、それだけでタイ国は危ないと言うことになる。
ンな訳無いよなァと、自分で納得した(テロの爆破は怖いけど…)。

ところで、このホテルの朝食は半年ぶりだ。特別に美味しいわけではないけれど
妙にココの味が懐かしい。

お昼過ぎ、チェンマイ新聞に載っていた”カオ・ソイが旨い店”へ、テクテク歩く。
炎天下の中を30分ほど歩くが、店が途切れてフツーの住宅街が続く。道に迷ったかと
不安になった頃、ようやくその店を発見。
店の若い男に新聞の写真を見せて、ココか?と問うとそうだと応える。
お薦めの豚のカオ・ソイ25Bをさっそく注文する。
コクはあるが、脂でギトギトの汁が生ぬるくて味が落ちているし、あまり辛くない。
一緒についてくる高菜の古漬けのよーなものは、あまりにも古く臭くて不味い。
これならナイトバザール近くの食堂で食べたカオ・ソイのほうが旨かったし、漬け物
も旨かった。勿体ないので白飯を頼み無理矢理流し込む。
好みの違いか!? ウウウ…でも、やっぱ…新聞の嘘つきッ!!
それでも、同じ新聞に載っていた日本女性がやっているベトナム料理店がコノ近所
なので、一度入りたいと下見に行くことにする。近所と言っても5〜6分歩いた
ソイにある店だった。しかし、炎天下の5〜6分はキツイ。
店の外観だけ眺め、そこからターペー門、そしてホテルまでと歩く。
時刻はすでに3時過ぎ。暑くて頭がクラクラするし、短パンを履いたむき出しの足は、
異常に熱をもって熱い。
途中、コンビニのアイスコーヒー13Bを飲み(すごく旨く感じたのは暑さのせい?)、
残った氷をボリボリかじりながら歩く。
ホテル近くの東京堂書店のあるビルに入り、クーラーの効いた椅子で一休み……。
部屋に着いたのは4時近く。クソ暑い中をたっぷり2時間半は歩いたことになる。
水をガブガブ飲んで、シャワーを浴び、ベッドに転がってようやく人心地が着いた。

家人は、予定の2時間遅れで夕方6時過ぎにホテルに到着。
家人の顔を見たとたん、昨夜のミャンマー軍攻撃の不安は一気に吹き飛び、ホッと
して嬉しかった。
ホッとしたら猛烈にお腹が空く。
チェンマイ一のおしゃれなショッピングセンターへ2人して出陣。
旧市街の北西方向に位置するこのセンターは、渋谷の若者街といった感じで、
大型ホテルやディスコが隣接し、ブティック、レストランなど若者が喜びそうな
テナントがたくさん入ってる。
しかし、我々の目的はレストランでのお食事ではなく、あくまでも地元の人が利用
する屋台飯。
ソイを歩き回るが、屋台が無いッ!? チェンマイ・マップにも載っていない。何故?
20分ほどソイを歩きまわってようやく数軒の屋台を発見。
ソコの一軒でクイッテオを頼む。予想どおりに旨いッ。
ココは地元の夕飯の食卓コーナーらしく、酒類が一切置いてない。コレはちと寂しい。
で、ナイトバザール近くにあるアヌサーン市場に戻る。
閉店間際の10時過ぎ、観光客、それも日本の観光客が多いのか日本語で書かれた看板
やメニューのある大きな食堂を見て「ここにしよう」と私。
チョット味が怪しいと思ったけど、それでもソムタム・サラダとガイ・ヤーンと
ビールを注文。家人との久々の再会に乾杯ッ♪
……なンじゃコリャ〜ッ、ま、不味い!!
辛さと新鮮さが命のソムタムなのに、水っぽく甘い???
これじゃ初めてソムタムを食べる日本の観光客は、ソムタムはこんな味で不味い
食べ物だと誤解されちゃうよォ〜ッ……。

一口食べてまるまる残したら、店のオネーチャンが食べないの?と聞くので、
「マイ・アローイッ!」と怒って返事をする私。彼女は少し驚いた顔をし、次に
やっぱり…てな顔をする。ナンダ自覚してンじゃない。
キツイ私の口調に、慌てた家人は英語でとりなす。
でも、本当にマズカッタンダモン……。

部屋に戻り、改めてメコンのソーダー割を呑んで、少し胃袋が落ち着く。
家人は、ここにしようと言った私に、俺はイヤだったのにと、さっきの店のことを
いつまでも文句を言っている。
が、私は、その言葉を無視して、さっさとおやすみなさ〜い(-_-)゜゜zzZ


3/8  木曜日
午前中、部屋で家人に付き合ってTVっ子する。
家人は、妖術使いのチャンバラ劇(香港モノ!?)の2時間もある連続ドラマが
お気に入りで、毎日観ている。とにかくチャンバラ妖術やピ〜(お化け?)が
大好きなのだ。
去年の夏に来たときも、違う妖術ドラマにハマッていた。
私は、チラチラそれを横目で観ながら、バスタブに洗濯物を入れ足踏み洗濯タイム。

お昼頃、先に帰国する家人のバンコク行き飛行機のチケットを買いに出る。
その後、家人のズボンとサンダルを買いに、ソンテウで(10Bx2人)でワーロット
市場へ。
ワーロット市場は地元民ばかりで、観光客はほとんど見かけない。
家人のサンダルを購入ついでに、私のサンダルも一緒に購入した。
私のサンダルは、去年2回のタイ旅行で歩き回ったせいでサンダルの底がすり減り、
長時間歩くと足の裏が痛くなってくるほどペラペラだ。
家人は、今まで4回買ったがすぐ壊れたり足にマメができたりと、なぜかサンダルとの
相性が悪かった。
家人のが200B、私の子供用が190B。値切って2足で370B。
これ以上値切る交渉も面倒だし(こういうコトは全部私がやって、家人は絶対に知らん
顔をする)、ナイトバザールで買うとコレより5割増しで高いことを考えて良しとする。
ズボンは250Bを200Bにしてもらった。

3時過ぎの遅い昼食は、市場の人に教えて貰った食堂でクイッティオ(きしめん風
汁ソバ!?)20Bを食べた。好奇心で、ガラスケースに入っていた15Bのパイ皮包みの
カレーパン?も、家人と半ぶんこして汁ソバと一緒に食べる。ソバもパンも旨いッ!
やっぱ地元の人達は、観光客と違って旨いモン食ってるなァ〜…。
トゥクトゥクに乗り、食後のお散歩をする家人をターペー門で降ろし、私だけホテルに戻る。

14階の部屋の窓から眺める夕日が美しくて、酒の肴を買いに大急ぎで屋台まで走った。
甘い醤油ダレ牛串焼き5Bを3本、唐辛子タレをつけてかじりつつ、メコンソーダー
割を用意する(旨いし腹にたまるし、コノ晩酌セットは結構気に入った)。
酒を呑みながら、行儀悪く1人掛けソファの肘掛けに両足をのせ、山陰に沈んでいく
夕日を眺める気分は、かなりの贅沢な時間……。

夕方6時過ぎに家人が機嫌好く帰ってきた。
地元のスケベーな男共御用達の置屋を見つけたというのだ。そこは一見カラオケ屋風で、
18歳ぐらいの女の子が数人いて、
「クィッティオがめちゃ旨いし、ソムタムも絶品!」と絶賛する。
家人がそこから帰るとき、喉をかっ切る真似やチンチンをかっ切る真似をして、
「女房がコワイから帰る」と言ったら、店の女の子やトゥクトゥクのニーチャン達に
大うけにうけたと嬉しそうに報告した。

うーん、私は暴力的な悪妻で、家人はとんでもなく大変な恐妻家か???
しかし面白そうなので、さっそくセンター方面のサンティカンの先までトゥクトゥクを
走らせ駆けつけた。
蛍光色のネオンがきらめき、女の子のいる店が数軒点々とある。
しかし、どうも近くに学校があるらしく、それ以外のどの食堂はえらく健全な雰囲気だ。
おまけに、ファミレス風な、かなり大きなタイスキ屋まであり、そこは家族連れで満杯。
お目当ての店は、女房連れなのであっけなく入店を断られた。って当たり前か…(^_^;)
仕方なく食堂で呑もうとするが、どの店も酒を売っていない。
置屋に酒があると言うことは、他の店では酒を売らないという両者間の取り決めがある
のだろうか?????
ただ一軒だけ酒を飲ませる食堂があった。
店の入り口のテーブルで、オッサンと若者が酒を呑んでいるのを発見。
若い女の子を1人使っているここの店主は、インド系の30歳くらいの女性だ。
奥のテーブルでは、女主人の子供なのか、色の白い小学生ぐらいの男の子が1人で
ご飯を食べている。
家人と私は、キノコ入り野菜炒め、パパイヤが無いので人参のソムタムをつまみに酒を
呑んだ。人参嫌いの家人だが、文句も言わずに食べているところを見ると旨いらしい。
その後、やっぱり女連れの置屋見学はダメだったかと、家人と私はしおしおとホテル
近くまで帰ってきた。
そして、ホテル裏にある中華系?の汁ソバ専門の食堂で、2人わびしく夜食にする。
家人がクィッティオ30B、私がバミーナーム30Bを食べ、その熱い汁に人心地着いた。
ところで私は、中華系かタイ系かを、汁が熱いかぬるいかで決めている。
トム・ヤン・クンを別として、タイ人は総じて猫舌らしく、汁物がみんなぬるい。
熱いスープだとさぞやもっと旨かろうと思うのは私だけか!?


部屋に戻った頃、稲光まじりのスゲーどしゃ降り。
この時期、チェンマイの雨は珍しいかも……。


3/9  金曜
お昼過ぎに家人はお散歩。私はクーポン食堂でEメールチェック。
そして、トッピングした2品の野菜炒めをかけたご飯30Bで昼食にする。
クーポン食堂の味は、どの店もイマイチなんだけれども、ホテルの目の前という
こともあって、ついつい利用してしまう。
夕方、部屋でボーッとしていると家人が戻ってきた。
私は、かねてより『地球の歩き方』に載っていた”U堂”なる店を一度見学したい
思っていたので、嫌がる家人を強引に引っ張って行くことにする。
U堂は、タイ在住10年ほどの日本人が経営する古本屋兼食堂。そこは古いしもたや風
の家で、中は意外と広く、店内の真ん中に井戸まである。
タイ人の女の子2人、のんびりと働いていて、ニコニコと愛想もイイ。
でも、予想通り、日本人のたまり場となっていて、オッサン達4〜5人が集まり将棋
をやっている。旅行者らしき女の子2人、日本食を食べている。
棚に積まれた古本はカバーのとれたモノが多く、文庫本の表紙の角がすり切れている。
それでも安くて最低60B。日本だと二束三文にもならないような代物だ。
ここの本達は、おそらく何人ものの旅行者の手に渡り、それぞれの喜怒哀楽な感情が
こもった愛読書となったあと、この店の棚に落ち着いたのかもしれない。
旅行記や推理小説や趣味のムック本と、ジャンルは様々だ。
私は2〜3冊買うつもりだった。が、その本棚からかもし出る重苦しい”気”で胸を
締め付けられ、両肩が異様に凝ってきた。とても買う気にならなかった。

私が本を眺めている間、家人は、ビールと炒め物2皿をとって、新聞を読んだり、
将棋盤をのぞき込んだりしていた。
因みに、家人は大学時代に将棋で学生日本一になったことがあって、今もアマチュア
?段らしい(私は将棋に興味が無いし指し方も判らないので、当然その価値も判らない)。
「将棋、強い?」と私が小声で聞くと、
「縁台将棋としては強いけど、あんまり…」
と、家人の渋い顔。家人は、ちらりと見ただけで指し手の技量も判るらしい。
その時、背後から聞き慣れたような、ベターッとした音声が耳に飛び込んできた。
振り返ると、TVから流れてくるNHK衛星放送のニュース番組だった。
なンでこんなに耳障りにベターッと不快に聞こえてくるンだろう?
慣れ親しんだタイ語と比べて(実はほとんど意味が判らないけど)、聞き慣れた母国語
のはずなのに、異国の言葉のように感じられるのは何故……?

U堂でモタモタしているうちに雨が降ってきた。スコールというより、だらだら雨で、
濡れて帰るには雨量が多い。雨で足留めされた形で、2本目のビールを頼む。
家人の表情は、青白い薄い膜が張り付いたように無表情。
ーーゲッ、やばぁ〜ッ……。
家人の機嫌がどんどん悪くなっていくのが見える。彼は、限られたチェンマイ滞在の
貴重な時間を、旅擦れした日本旅行者のたまっているコノ澱んだ空気の中で過ごすこと
が耐えられないのだ。

少し雨足が弱まってきたとき、お勘定220Bを払って外へ飛び出した。
おりよく走ってきたビニールの幌をかけたトゥクトゥクをつかまえる。30Bで交渉して
ホテルへ到着。もう家人の表情が和らいでいる。
今までの雰囲気から脱出できたことと、雨で困っていた客なのに料金をふっかけなかっ
たトゥクトゥクのオッサンに気分が良かったらしい。ニコニコと40Bを払っていた。
そのままホテル裏の汁ソバ専門の食堂で、家人がクィッティオ30Bと、私がバーミー・
ナーム30Bを食べ、2人とも少し心が落ち着いた。

家人は、今までの気分を払拭するために、そのまま夜のお散歩に出かける。
私は、部屋に戻ると即ベッドにもぐり込み、TVっ子する。メコンのコーラ割を呑み
はじめてようやく気持ちが和んできた。

ひたすらタイ!?